白の到着
離陸から約2日、ロッサ号は速度を緩めながら高度を下げて行く。
ロッサ号は構造上、一度動力エンジンを止めると再稼働までに少し時間がかかる。
動力自体はレバーを回転させる機構を動かす事で体力と引き換えに半永久的に補給される為、現在のように完全に着陸せずに地面から少し浮いた所で維持する状態が、あらゆる意味でも最適と言えるのだ。
ノイミュ王国とミスタル王国の国境付近の岩山。
二国への資材流通を目標に建設されたイプイプカンパニーの倉庫。
どんな理由をでっち上げたのかは不明だが、コルの叔父にしてカンパニーの社長、サナダの手により中の資材ごと破棄された土地。
斥候として先にロッサ号から飛び降りた渡り月はその中身を一目見て呆気に取られた。
「倉庫の大きさから察するものはあったけど、とんでもない量ね。積みきれないわ」
サナダもまさか拠点に積載限界ができるとは思っていなかったのだから無理もない事だが、倉庫には食べ物から資源までが豊富に揃っており、近隣の安否が保たれる確信があるならこのまま拠点にしたいくらいだ。
しかし迷路の森と比べるとどうしても秘匿性に欠けるためそうもいかない。
斥候の役目を果たすため、一通り倉庫の中や周辺、大きめの木箱の中身までに目を通し、危険な物が無いことを確認する。
船の上から双眼鏡でこちらを覗くロナザメトにオリセが確認完了のサインを送った。
「コル君もご存知の通り、ロッサ号の積載重量はざっと人間200人は余裕なくらいっす」
「うん、設計図にも書いてあったね。」
「そして今乗ってるのは約100人、まだ余裕があるってことっす」
そう説くナノンは倉庫の済に置かれていた何に使うのかもよく分からない巨大な機構に張りついていた。
「だとしてもそんな大きい物置くスペースは流石にないだろ!せめてバラしなさい!」
「この子本来の使い方が分かるまではそのままにしときたいっす〜〜〜!なにこの意味不明なハンドル〜〜!」
おおよそサナダが趣味で作り出したガラクタの一つだろうが、ナノンにとっては技術の最尖端を行く部品で構成された財宝の塊だ。
他の団員達も、見るもの全てが真新しいと言わんばかりに潤沢な物資に惚れ惚れしながら船と倉庫を往復する。
そんな浮ついた団員達が、多少のズレはあれど全員ピクリ動きを止め、警戒態勢で同じ方向を向いた。
「……来たみたいっすね」
森の暗闇から使って来る、力強い蹄の音。
しかし力強いながらもどこか気品を感じさせる、聞くだけで名馬だと分かる程に整った音。
異獣ではない、だとすれば『例の者』に違いない。
バハメロが小声で指示をする。
「ロナザメト、クドを呼んで共に後方から様子を伺え」
「……了解しました」
「渡り月は吾輩と共にここで待機、ベーズ、リン、残りの団員に全員作業中断し船に戻るよう伝えよ」
「はぁい♡」
指示通り、ベーズとリンは手際よく団員達を船に誘導する。
そのかいあって蹄の主が暗闇の向こうにうっすらと見える頃には、外にいるのはバハメロと渡り月の四人だけになっていた。
白馬が現れる。
森を駆け抜けたであろうに疲労を感じない白馬。
傷も汚れもついていない絢爛な馬車は、風景から少し浮いて見える。
馬車が止まり、地面に降り立った甲冑の騎士とバハメロの目があう。
「約束の地、巨大な船……貴殿らが『ノヤリス』とお見受けする」
「……いかにも。吾輩はバハメロ・フラオリム。察するにその何にいるのが『女王』であるな」
「指を指すな不敬者!……こほん、女王様。例の者共を発見しました」
次に地面に降り立つその女性もまた、風景から浮いた人物だった。
岩山にふさわしくない程に優雅な風貌。
紙や肌、瞳や服に至るまでが白く、まるで彼女の周りだけ色を塗り忘れた様な、神秘的なオーラすら感じる。
それだけではない。
これまでノヤリスを率いてきたバハメロだからこそ分かるそのカリスマ性が、影武者を疑う気持ちをかき消した。
(間違いない……この者、女王本人である)
「こうして会えて光栄です、バハメロさん。改めて名乗りましょう、私の名はイーリス・リア・ミスタル。彼女はリラーテ、王国の騎士団長です」
甲冑騎士は礼儀正しい挨拶の姿勢を取る。
「ここに来たのは私と彼女の二人だけということをまずは誓――」
「いや、必要ない。周辺は偵察済みである」
「貴様、二度も不敬を働くか!女王様のお言葉を遮るなど!」
「リラーテ、何度も言う様に、私は彼女達と対等に話しに来たのですよ」
女王のその声色は呆れるでも叱りつけるでも無く、まるで親しい友人に対し、ただ優しく語りかけるようだった。
「ぐっ……!失礼しましたっ!」
「それに、貴女なら自分の目で実際に見て、貴女が疑っていた力を感じ取ったのではないですか?」
「……はい、己の力不足を実感しております」
そうは言うもののイーリスにカリスマ性を感じる様に、バハメロやラニ、オリセら戦闘技術を身につける者達は、リラーテの持つ覇気の様な物を感じ取っていた。
溢れでる闘志と忠誠心、護衛として単身連れてこられた事にも納得がいく。
「ですが、対談と言うならば女王様をいつまでこんな場所に立たせて置くつもりですか?」
「ふむ、それもそうであるな……コル、エミイ。悪いが椅子を持って来てくれ、勿論人数分である」




