地の謁見
カンパニーの廃倉庫に向かって飛行するロッサ号。
それとは別に、同じ場所に向かう一台の馬車があった。
体の白い馬の手綱を巨体の女騎士が握るその馬車は、凄まじい速さで突き進んでいる。
「リラーテ、速度を上げてください」
「あ、上げるのですか?これ以上?」
「可能ですよね?」
「は、ですがこれ以上となると激しく揺れます。偉大なる女王のお体に傷でもついたら……」
荷車の窓から、白い瞳が覗く。
「その偉大なる女王の命ですよ」
「……っ!これは失礼!はあっ!」
白い馬はそれに応える様に、大地を力強く踏みしめ、加速する。
荷台の中にいるのは一人の女。
白の長髪と、白い瞳。
ガタガタと揺らされてなお溢れる高貴な印象。
彼女こそ、ミスタルの王女、イーリス・リア・ミスタルその人だ。
「本当にわざわざ女王自ら赴く必要があるのでしょうか?」
「勿論、これは必要なことです。あなたも、それを理解して私に協力しているのでは?」
「私個人として『ノヤリス』は『魔人会』と同様の国に仇なす存在と考えていましたが、話を聞く限り懐柔の余地があるのはノヤリスの方だと考えを改めました。それはそうと、使い魔や私を使った連絡の方が安全ではないかと」
「その通りです。だからこそ、安全圏から一方的に、というのでは意味がない。リラーテ騎士団長。私は今から、『対話』をしに行くのです。それを忘れぬ様」
「はっ!」
白い馬はどこか得意げな雰囲気を出しながら徐々に加速してゆく。
揺れも激しくなる中でもまるで表情を崩さないイーリスはせめて舌を噛まないよう手すりを握り口を閉じた。
(……ノヤリスと魔人会、放っておけばどちらも我が国……いえ、この世界を破滅に導く可能性が高い。特にレマンの目に止まったらどうなるか……。先代や先々代が目を背けてきたこの問題に決着をつけなくては……!)
時を同じくして、西。
レマン王国の中心にある城はまさに、大陸一堅牢な要塞と言っても過言ではない。
綺羅びやかな装飾ではなく、頑強な造りを用いて威厳を示す、武の大国を率いるレマン王族らしい無骨な城。
その人口の多さにより各地から集められた情報や技術者の手で作られた最新式の機関銃から開発中の新兵器までが集う。
現在ミスタルとノイミュの二国とは同じ大陸のよしみとして友好的な関係を築いているが、それはあくまで先代の話。
つい最近、その先代の死によって若き王子が新たな指導者となった。
それによって国内でのいざこざは絶えず、先代がやり残した海の先の領土戦争に参加できないまま、反逆者以外に振るう先のない武力だけが残された国となっているのが現状だ。
現在の国王、スーラ・ディー・レマン。
彼はそんな慌ただしい時期にも関わらず、配下も誰もいない暗い部屋の中、ふんぞり返って座っていた。
「遅い、我を待たせるな」
「申し訳ございません、偉大なる国王様」
室内の闇の中に、男の輪郭が浮かび上がる。
「あ?誰だ貴様、いつものヴィサゴとかいう老人はどうした?」
「ヴィサゴ様は……」
「ああいい、そうか。あの翁、死んだか」
「……はい」
「それで?まさか手ぶらで帰ってきたとは言うまい」
「こちらを」
男が手渡したのは筒状に包まれた一枚の紙。
魔人会の刻印が押されたその紙は、所謂報告書の役割を持つ。
「……懐剣一人だけでなく、他にもこんなに犠牲を出して得られた物が紙切れ1枚分の情報と死体一つか?まあいい、これだけでも手引の甲斐があったというもの。魔人会も翁を失ったのだ、今回の所はこちらの損失にも目を瞑ってやる」
報告書は手を放してすぐに燃え始め、床につくよりも早く灰も残さず燃え尽きた。
「死体は魔人会で保管するよう伝えろ。それと、いい加減配下を使っての言伝は面倒だ、次からは長が直々に来るように、とも伝えておけ」
「は……」
男の輪郭は闇に溶け込み、音もなく消える。
スーラ王は再び深く座り込み、僅かに笑みを浮かべた。
(時代の転換は近い。先代や先々代でもなし得なかった偉業を我が成す。魔人会はその踏み台にすぎん。全ては我の為、我が覇道の為!)
ノヤリスとミスタル。
魔人会とレマン。
四つの勢力が、それぞれの思惑を抱えて絡み合う。




