空の謁見
密室にて顔を会わせるバハメロと、国王を名乗る生命体。
(こうして良く見ると、ふむ……『使い魔』というヤツであろうか?高度な魔術と聞くが……)
謎の生命体の正体を使い魔と仮定したバハメロは、一方的に顔を見られている状況に僅かな不快感を覚えながら、質素な椅子に座って口を開いた。
「この船は一晩もあれば目的地にたどり着く、それまでには貴様をどうするか決めようと思う」
「目的地……カンパニーの廃倉庫ですか」
「……初めに言っておく。吾輩は『目上』に対する話し方などは知らん。故に、王を名乗ったところで吾輩の態度は変わらぬ」
敵意を4割、探り6割で切り込むバハメロに対し、国王、イーリス・リア・ミスタルは使い魔を介し、感情の読み取れない声色で返事をする。
「お気になさらず、仮に知っていたとしても、私は『楽にしてほしい』と言った事でしょう」
「であるか。ならば無礼ついでに一つ、聞かせてもらおう。さきの襲撃、本当に貴様の手引ではあるまいな?」
イーリスは間髪入れず即答する。
「はい、疑うに充分すぎるとは思いますが、私としても魔人会が何故あなた方を襲撃したのかが……」
普段であれば、表情や声色からある程度真偽を確かめられそうなものだが、使い魔を介した会話ではそうもいかない為、疑念は拭いきれない。
「疑わしい、と言った様子ですね……無理もありません」
「ふむ……イーリスとか言ったな。貴様そもそも、何故吾輩の信頼を得ようとしている?……いや、時の順番で聞こう。一体いつから、我々を見ていた?」
イーリスは再び、まるで隠すことなどないかのように即答する。
「使い魔を通して見ていたのはほんの数ヶ月でしょうか。情報としては集められたのは約2年前までの分、確か当時新入りの団員は……団員番号21番のサチと団員番号22番のキーン」
(っ……やはり、全員の名前を知っているのか?)
サチとキーンは当時から戦闘員ではなく、入団以降、庭の菜園を担当していており、作戦はおろか迷路の森の外にすら出ていない。
つまり2人の名前など拠点を定期的に観察していないと知る由もないのだ。
「さて……次の疑問は、『何故我々を見ていたか』ですよね?」
バハメロは話の主導権を握られている事を実感しつつも、頷いた。
「元々国中に『噂』を流された事であなた達の存在、そして亜人狩り討伐を信じる者は城内にはいませんでしたが、個人的な調査によりあなた達の実在を知りました」
「ほう……」
バハメロは椅子の裏に隠していた斧に手を近づける。
「その時より私はどうにか友好的な接触を試みようとしました……そこで鍵となるのが『彼』です」
「彼とは?」
「団員番号50番、コルトリック・ルーンタグ。ノヤリス初の純人」
「……なるほど、それで様子を見た、ということか?」
「仰る通り、そしてその時点で、私の計画は彼、コルトリックさんを架け橋に協力関係を持ち出そうと考えたのです」
国家との協力関係、それはバハメロにとって願ってもない話だった。
実際、順序が乱れたとはいえそれを目標にロッサ号を完成させ、権威を示す予定だったのだ。
しかし、ここで無条件に飛びつくほど、バハメロは愚か者ではない。
「話が美味すぎるな。貴様、『国』であろう?我々はともかく、そっちになんの利がある」
「そこで、本題に移りましょう。まずはこちらの提案から。ノヤリスをミスタル王国直属の傭兵組織として雇わせて頂きたい」
「貴様……」
「はい、バハメロさんが今感じたように、これでは『組織ごと買わせろ』と言った、横暴な態度に解釈できてしまう。ですので次、対価の話をします」
「……言ってみよ」
「まず非戦闘員の保護、生活環境の援助、そして最終的に、我が王国から『奴隷商撤廃』『亜人保護』を大陸に浸透させます」
「っ!できるのか?」
「前者2つは即座に、法に関しては時間と、あなた達の働きも必要になりますが」
「ならば!……いいや待て。何故そこまでして我々を戦力に欲しがる?」
「あなた達は、あなた達が思っているよりも強い組織です。例えば武力国家のレマンが、亜人の特性を知り、兵器とて戦争に投入された場合、ミスタルとノイミュが同盟を組んだとしても最終的に制圧されてしまうでしょう。それだけ、あなた達は天秤を揺るがす存在なのです」
「我々亜人を他国に対する抑止力として使うのか?」
「……結果的に、しばらくはそうなるでしょう。傭兵として契約しなければ、客観的に王国が奴隷を仕入れただけです。どうか信じてください。必ずあなた達の代で保護法を適用し、亜人の兵器利用を事前に止めます」
小さくため息をついたバハメロは頭を抱えて俯いた。
「……少し考えさせよ」
「では私は――」
「ああ待て、そう時間はかからん。そうであるな……話の真偽はどうあれ、今は縋るしかないのもまた事実。しかしそれは、貴様が本当に権利を持つ王であるならば、である」
バハメロの言う事は最もだった。
現時点で目の前にいるのは『王』ではなく、『王を名乗る使い魔』なのだ。
「当然の疑いです。ですので現在ロッサ号の到着予定地、カンパニーの廃倉庫に向かっています。そこで改めて協力について話をさせてください」
「……いいだろう」
「感謝します……そして――」
「?」
「……いえ、これは直接顔を見て話すべき事です。それでは後ほど」
そう言うと使い魔は机の上で形を変え、完全に卵型になったあと、転がるように倒れて消滅した。




