にほどき
「付いてきな、エミイとオリセが待ってる」
ラニはそう言って先導する。
そんな中コルはロッサ号の内部に戻り改めて見回し、その構造が元の拠点に近い事に気付いた。
増築した上に更に増築を続け入り組んだあの拠点を整理し機能的に改善したそれは注意して見なければ気が付かない程だった。
そしてラニと共に進むここも見慣れた通路の面影があり、その終着点にも想像がついた。
ラニが見慣れた形の扉を勢いよく開けると、そこにはこれまでコル達が4人で自室として使っていた部屋があった。
男女を仕切るカーテンは以前の物を運ぶ余裕が無かったのか代用品のボロ布になっていて、それ以外にも机や棚等が前と違う物になってはいるが、それでもあの部屋と言って差し支えない程度には再現されている。
「ただいま!見つけたから連れて帰ってきたぞ!」
カーテンの向こうからエミイが顔を出し、勢いのまま大声を上げるラニを睨みつける。
「静かになさい。傷に響くでしょう」
彼女の言う傷というのは彼女自身の負傷の事だけでなく、ベッドで深く眠るオリセや、声を上げたラニの負ったものも含まれている。
「はぁ……もっとも、貴女はもうピンピンしてるみたいだけどね。彼……オリセは見ての通り、ボロボロ」
「あ、一応言っておくと、医務室から歩いてここまで来るくらいの元気はあったぞ。それからずっと寝てるけど」
「そっか……」
全身包帯だらけのオリセの枕元には最低限の手荷物と、本がいくつか重ねて置いてある。
拠点にあった図書室の本達は、ロッサ号の積載重量の問題から半分以下までしか乗せることができなかった。
現在は図書室として扱う予定の小さな部屋に本が積み上げられているだけで、図書室としての機能は再開していない。
オリセは律儀にも再開してから返却する為に優先して手荷物に本を入れたのだ。
エミイはその中の1つを手に取り、棚に移す。
「さ、荷解きするわよ。とはいってもそう多くはないでしょうから自分の物を自分でやりなさい」
「あ……俺慌ててロッサ号に直行したから何も持ってきてない……」
「あ?そういや私も」
青ざめる2人に愉悦を感じる様に、エミイはにやりと笑った後、カーテンを開いて2人のベッドの上に置かれた荷物を指さした。
「貴方達の服とかは私の判断で必要な物を優先して持ってきたわ。どっちも大きい物は無かっからほとんど持って来る羽目になったけれど……ま、感謝してちょうだい」
確認すると彼女の言う通り、あの時時間があれば持ち込んだであろう物は全て入っていた。
『私の判断』と言いつつも、中には傍から見れば不要な物に分類されるような小物もあり、それが『持ち主にとって』大切な物である事を考慮して選ばれたのが解る。
「助かったぞエミイ……いや、エミイ様!」
「ふふ、ほらもういいから、荷物整理始めなさい」
「おう!えっとこれは……ここ!」
上機嫌なラニが以前となるべく同じ場所に服等をしまう様子を見て、コルも1つの袋に詰められたあれこれを取り出し始めたところで、不意に違和感を感じ首を傾げる。
「……?」
「あら……もしかして何か足りなかった……?」
「え、ああいやそんな事はないよ。大事なものは全部ある。ほんとにありがとう……でもなんか、物とかじゃないけど、なんか忘れてる感じが……」
「あ、エミイとオリセにただいまって言ったか?」
「一応言われたわ」
「その後すぐ団長のところに向かったし、その後はドタバタしてて……あそうか、エミイとオリセにおかえりってちゃんと言われてないな〜」
期待に満ちた視線を感じ、エミイは溜息をつく。
「はぁ〜……おかえりなさい、コル。……はい、これでいい?」
「ああ、ただいま」
「全く、口じゃなくて手を動かしなさい。それ終わったらオリセの分もお願いするわ」
「はいはい、任せて」
この時コルが感じた違和感はそのことではなかったが、意識がすり替わった事でそれ以上考えはしなかった 。
元はといえば二人づつ別れて使う予定だった部屋の1つが爆発に巻き込まれ半壊したせいで急遽4人同室になったのだ。
その為、拠点が新しくなって部屋も足りている今、この4人が同じ部屋をわざわざカーテンで仕切って使う理由はない。
しかし、もはや日常となったその光景に全員馴染みきっていた為、今更部屋を別けるという考えは誰にも無かった。
そこまで親密になったからこそ、エミイは覚悟を決め、息を大きく吸った。
「……コル、ラニ」
「?」
「オリセが起きたら、話したい事があるの」
「なんだ?改まって」
「……私の、過去について」
ひとしきり泣いた団員は前を向き始め元の生活を取り戻そうとしていた。
厨房ではリンが新しい厨房に慣れようと手元にある食材で作れる簡単な料理を始める。
その香りが廊下を流れ、集まった団員達は少しずつ食事を摂る。
亜人にとって空腹、精神の不調、睡眠不足は大敵。
これからの為にも、今は日常を取り戻さなければならないのだ。
船内がほんの僅かに、ほんの少しずつ活気を取り戻す一方。
匂いも届かぬほど締め切られた団長室では2人。
『団長』と『国王』が対面していた。




