行ってきます 行ってきな
ノヤリスのアジトは迷路の様な森の深部にある、崖に埋まった建物。
しかし花や野菜が育てられていたり、洗濯物が干されているのが見えたり、アジトと呼ぶにはあまりにも緩い雰囲気を醸し出していた。
コルとラニは亜人狩りの拠点を出てから数時間馬車に揺られてここまでたどり着いたのだ。
「はい到着!良かったな新人!初めてで俺様の馬車に乗れた事を光栄に思っていいぞ!」
馬車を走らせていた猫の亜人の少年が息巻いていたが二人は車酔いでそれどころではなかった。
「気持ちわりい……」
「せめて縄解いて……」
「フフ、ラッシー君の運転は早いがとても揺れるんだ、言ってなかったね、いやあすまないすまない」
シーモは笑いながら二人が荷台から降りる手伝いをするが、シーモの笑みにも余裕がない、荷台から降りてくる他の団員達の顔色も悪かった。
「よし全員降りたな!またな!レッツゴーッ!!」
御者の少年ラッシーは、そう言った瞬間には馬小屋に向かって馬車を飛ばしていた。
「フフ……さて二人共、ここがノヤリスの拠点さ、うっ……」
「すごく綺麗なところだね……うん……今すぐ綺麗じゃないもの出そうだけど……」
「…………」
(ラニってこういうとき喋らなくなるタイプなんだな……)
「さて団長室に向かうよ、コルくんをノヤリスの団員にしなくちゃいけないからね……うっ……ふぅ……なに、大丈夫さ、ワタシはこれでも優秀だからね、団長も話せばわかってくれるさ、まかせたまえ!」
「本当に大丈夫かな……」
「……吐きそうだ……」
数分後、団長室。
「なるほど、これがその二人に聞いたこれまでの経緯!なるほど!感動した!」
「……!じゃあ!」
「うむ!許可できん!」
「団長そこをなんとか!」
団長室の椅子には当然ノヤリスの団長、バハメロが座っていた。
先程の戦いで嵐の様に先陣を切った龍の亜人の女、黒い長髪と大きな角そして大きな翼に大きな尻尾、その存在感だけでなく声まで大きい。
その整った顔からは想像もできない力強さと19歳とは思えない威厳とカリスマ性で亜人解放団ノヤリスを導いてきた、まさに中心的存在である。
「シーモよ、吾輩も意地悪で言ってるわけでは無いのだ、お前を信じてるからな、ラニの強さもコルの情の熱さも本当なのだろう、だが純人の加入をそう簡単に許可はできんのである!中には純人と言うだけで忌み嫌う者もいるし、お前の事を信用してない者もいる……これに関してはお前もちょっと悪いのである」
「ウゥン……ぐうの音もでないなぁ……」
「まあ、それは後にしよう、さてそろそろ気分は落ち着いてきたか?」
バハメロが二人に視線を向ける、その真っ直ぐな瞳には復讐心や差別などの感情は感じ取れなかった。
「……おう……」
ラニはまだぐったりとしている、乗り物自体乗った経験が少なかったのだ。
「む、まだ気分が悪いか、まあ今回はシーモが無茶な潜入をしたから速度重視のラッシーに運転を頼んだのである、許してくれ、これを飲むといい、少しは楽になるはずである」
そう言って細長い容器から取り出した丸薬を差し出す。
「案外優しいな、さっきの戦いを見る限りてっきりもっと荒々しいやつだと思ってた、それに秘密組織のボスだっていうから尚更……」
「組織と言っても家族の様なものである、そこにこれから入ろうと言う者達もぞんざいにはできん、ほら、縄を解いたぞ」
バハメロは話半分にコルの縄を手で千切っていた。
「切り方は荒々し……ん?今入る者達って……俺は許可できないんじゃ?」
コルの質問に対して、バハメロは椅子に座り直してから答えた。
「うむ!いくらラニの信じる相棒でも純人間を加入させることに反対する者もいるであろう!暴力沙汰になることも考えられる!入ってしまえば団員の掟に守られるかもしれないが、ここで掟を破るものが現われるかもしれない!そうなると組織として危険だ、故に認められん!」
「だいぶ楽になってきた……私はコルがいないならここを出ていくぞ……」
まだ顔色の悪いラニが反発する。
「まあ最後まで聞くのである、今は団長として認めることはできない、だがシーモお前のことだ、これも想定内であろう!次を説明せよ!」
バハメロが部屋の隅で小さくなっていたシーモを指差す。
「全く相変わらずワタシの筋書きを崩すお方だ、まあ要はコルくんを全ての団員全員に一発で『こいつ僕達の味方なのか』って思って貰えばいいのでしょう?さあ早速作戦を説明しよう、コルくん、これを見てくれるかい?」
「どこから出した今、地図?色々メモがついてる、字が汚いな……たから……宝?」
シーモが広げたのは大陸の地図だった、あちこちに赤い文字で『宝!』『いつか行きたい!』などと書いてある。
「これは機械部品がお宝に見えてしょうがない団員からパクっ……借りてきたんだけどね。ほらここ、ここの大きい宝マークは『すごい』物でね、回収が困難なんだ、まあこれは詳しく言えないんだけど、これからノヤリスの発展のためにはこの『すごい』やつを回収しなくてはいけない、つまりこれを持ち帰れば組織に大きく貢献したことになり、一気に信頼度をマイナスから0くらいには稼げるのでは?という作戦さ」
「うむ!素晴らしいな!」
「困難って具体的にはどういう……?」
「人気のない荒れ地にでっかい『異獣』の巣がある」
「シンプル危険地帯だなぁ!?」
飛び上がるコルの後ろからラニの声が聞こえるが、ほとんどうめき声に近い。
「大丈夫だ、化け物くらいなら私が……なんとかするから……」
「あ、二人で行く気満々なところ悪いけどラニさんはお留守番ね」
「はぁ……?お前……さすがに出発までには……治るぞ……」
薬が効いてきたとはいえまだ少し活力がない。
「いやいや、そうじゃなくてね、ペアで認めさせる作戦も考えたけど今回はコルくんを押し出そうと思ったのさ、ノヤリスの中で信用があって彼と相性のいい団員を『監視』としてつける、その口からこの男がやってくれた!って言われれば効果は倍増するだろ?作戦は以上、どうかな団長」
「うむ!流石シーモだ非常にいい!95点!あとは君次第である、コル、やるのか?」
考えるまでもなくコルの意思はすでに決まっていた。
「やります!」
「分かった!ならば決行は明日!シーモ!その監視を任せる団員に連絡するのだ!後で誰か教えよ!」
その後、ラニは少し休んでからバハメロの案内を受け、コルは団員の目につかない場所に移動することになった。
二人は別れる前に少しだけ話をした。
「コル、お前は器用だからな、絶対うまくやれるはずだ、私は待ってるぞ」
「おう、帰ってくるまでに元気になっててくれよな」
「ニシシ、病気じゃねえっての、馬鹿にすんなって」
コルが突き出した拳にラニが拳を軽く当てる。
力が強い分コルの方がダメージを受けたが、その痛みがコルに安心感を与えた。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ、行ってきな」




