失意
一歩一歩、バハメロ達が待つというまだ名も無い部屋に進んでゆく度、高揚感が沈んでゆく。
周りにいる団員達から、喜びはおろか、余裕すら感じられない。
コルとナノンは途中、何人かの団員とすれ違った。
リッキーとナッチーが嗚咽を漏らして蹲っていた。
アリッサが見るからに放心し座り込んでいた。
すれ違いざまにベーズが肩を優しく叩き、顔を見せない様に立ち去った。
明らかに異常なほど重苦しい空気に、二人は二人だけが知らない何かがあったのだと思い、足早に駆け抜ける。
「お二人共……こっちです」
ロナザメトの案内で、少し広めの部屋に入る。
設計図に書かれた予定ではこれまでの拠点で言う作戦会議室となる部屋だ。
そこにラニ達がいるのを見て、コルの心はほんの少しだけ気分が楽になった様に感じていた。
「無事……って感じではないか。でもよかった」
「……ああ」
その場にいたエミイやオリセは見るからにボロボロで、あのバハメロですら戦いの跡が目立っている。
しかし、その場の空気の重さは負傷や撤退によるものだけではないのは明白だ。
「……なあ、どうしたんだ皆、やけに元気ないけど」
「そうっすよ、上手く逃げ切れたじゃないっすか。確かに色々考えることはあるっすけど……あー……ほら!窓の外見たっすか?今私達空を飛んで――」
「ナノン、コル……ロッサ号の完成、感謝する。……そして、よく聞くのだ。大事な報告である」
コル達はなんとか取り繕おうと余裕を持った振る舞いを演じようとしていたなとしていたが、ここまで見た景色や空気に感じた悪寒で心臓の鼓動が早くなり、表情も真っ青になっていた。
そしてバハメロから伝えられた情報は、コルとナノンの予測した通りの事だった。
「……団員番号14番ヤカ・ヤックと、団員番号35番、ラック。以上二名の死亡が確認された」
予想していた、とはいえ到底簡単に受け入れられるはずもない。
気がつけばできたての綺麗な床に膝をついていた。
「……冗談、冗談だよね?」
やっとの思いで絞り出した言葉は、コル自身にも意味がない言葉だと理解できる無様なものだった。
バハメロが冗談でそのような事を言う訳がない。
何かの間違いでそう言ったとして、それを周りの仲間たちが許す訳もない。
それ故に間違いなく事実なのだ。
「ラックは……そこにいる」
バハメロの目線は部屋の隅に置かれた木箱に向いていた。
ナノンがそれに触れ、開けようとしたところをロナザメトが止める。
「あまりに突然で、簡単な棺しか用意できませんでした……遺体の状態も残酷で、今開く事はおすすめしません」
「……ヤカちゃんは……ヤカちゃんはどこっすか……?」
「ヤカの遺体は魔人会の刺客に連れ去られた」
「連れ去られたって、どうしてっすか!」
「吾輩にもわからん」
「……っ」
バハメロは椅子に座り、瞬きも最低限に真顔で少しだけ俯いている。
動揺が無い訳では無い。
これまで感じたこともない程の怒りと悲しみを処理しきれず、ただ『ここで暴れるのは長のする事ではない』という考えでどうにか抑え込んだ結果、放心に近い状態になっているのだ。
「……説明してくれ、俺達の知らない間に何があったのか」
「……うむ、吾輩も……一度整理したい……」
『魔人会の長はエミイの祖父である』という特大の情報から始まり、ロッサ号の完成までに起こった事が、改めてその場に集められた団員達の口からが共有された。
「襲撃者である魔人会は謎多き組織であったが……ラニ」
「ああ、私がぶっ飛ばした奴が持ってた手帳をぶんどったんだが……ほらここ」
ラニが開いた頁には、持ち主の筆跡で『ラーニンダム・ナックラー』と書かれている。
他にも『バハメロ・フラオリム』『ナノン・ミューツ』『ミクノ・ミューツ』『ヤカ・ヤック』と団員の名前が記されており、次の頁には
赤文字で『エミイ・アロン・アバロム』と書かれている。
「ヤカを連れ去った刺客やエミイを襲ったヴィサゴとかいう男……襲撃の目標は殲滅では無く、このリストに乗った団員の拉致と考えるべきであろう」
「なぜ名前を知っているかもそうだけれど、共通点が解らないわ。私が狙われるだけならともかく……」
それ以上の事は考えても、誰にも思いつかない。
正直な話、この時点でこの場にいる団員ほとんどの心は折れかけていた。
仲間の死に加え、巨大で謎の多い新たな敵を前に、諦めと怒りの気持ちが芽生え始める。
「あんまりだ……あんまりだ!クソッ!」
「コル、ここで暴れるでない」
「だってよ、おかしいだろこんなの。亜人狩りを倒して、亜人の未来を希望あるものにする為に戦ってるんだ!それをいきなり現れて、なんの為かも分からず襲ってきたやつに仲間が殺された!アイツら一体なんなんだ!」
「今それを考えても仕方ないっすよ……!ひとまず着陸場所を考えるっす。ラックさんを埋葬してあげないと……!」
コルの気持ちに当てられて、ナノンも少し語気が強くなり、少し大きめの声を出してしまう。
「……っ、ごめん……取り乱した」
「皆、気持ちは同じっす……それに私とコルくんは……特に」
「……クソッ……クソッ……!何か……なんでもいいから何かないのかよ……」
誰も、何も言葉を発しない時間が流れる。
「……もう――」
誰かがそう呟いた、その時だった。
『しっかりするのです!』
「!?」
突如聞こえてくる馴染みのない声。
どこからともなく現れた、卵の殻を突き破り、中の鳥が翼だけを覗かせているような、奇妙な造形の白い生物。
襲撃の直前、バハメロ達にコンタクトを取りに来た、謎の生物がそこにいた。
『いきなり口を挟んでしまい申し訳ありません。ですがそちらの方が言うとおり、ひとまずは着陸し、休息を取って体制を立て直すことを推奨します。イプイプカンパニーからの援助を受ける倉庫があると言いましたね?そこがいいでしょう』
「……言われずともそうするつもりである……貴様、そろそろ名と目的を明かせ。吾輩は今、人生で一番気が立っている。ここにいる全員がそうであると思え」
『……まずは自己紹介、及び対応が遅れた事を謝罪します』
謎生物はテーブルの上で羽をたたみ、頭を下げるかのように体を傾ける。
その動作からはどこか美しさや礼儀正しさが感じられた。
『私の名はイーリス・リア・ミスタル。ミスタル王国の王です』




