これからも、これまでも
「オリセ、離しなさい」
「駄目……だ……そのやり方は……」
普段から小さいオリセの声が、更に小さく掠れている。
エミイに触れる手も何処か弱々しく、全身に纏う棘が刺さり、更に出血を増やしている。
「……貴方の為よ」
オリセの手を振りほどき、意識を『戦血』に向ける。
「ぐ、う……ううう」
全身の棘が肥大化し、一層鋭さを増していく。
自らの意志で怪物になろうとするエミイ。
そんな彼女を、オリセは黙って見ていられなかった。
「やめろ……やめる、んだ……戻れなく、なる……」
「っ、黙ってなさい。……どちらにせよ、もう貴方達とはいられない!」
ヴィサゴは少し離れた位置からその様子を見ていた。
彼は人生経験から、手を出して有利になる状況と不利になる状況を直感的に見分ける事が出来る。
それは魔術使いであれ一般的な商人であれ、長く生きた老年の猛者には広く身につく技術だ。
現在の状況は後者、下手に手を出してはならない状況と判断し、距離を取っての様子見を選んだ。
その上で次に取る選択肢は精神的有利の差をより広げる為の行動、すなわち挑発である。
「ええ、そうでしょうとも。貴女は組織の皆様とは違う。それに今、最後の詰めとして拠点に戦力を集中させている。援軍は期待できず、これ以上状況は良くならない。抗う理由がどこにありますか?」
「これは意地よ。もう貴方も黙りなさい、もう私がどうあっても手に入らないって分かって、焦っているのでしょう?」
図星である。
シワの多い顔の眉間に、もう一つシワが増える。
(開き直ったか……この小娘が……っ!)
「……言われなくてもわかっているわ。私は化け物なの、彼らと違って」
「チッ、ならば……いいでしょう!お望み通り、今は貴女を畜生として扱う。ここからは送迎ではない、捕獲だ!」
ヴィサゴの人差し指が、自身の首に深く突き刺さる。
血は流れない、代わりに目に見えるほどの魔力が何色も混ざった絵の具の様な色を見せながら溢れ出る。
「ボスより頂いた古式魔術、『増教』!効果は対象の強化、私はこれで常に周辺魔力を強化していたのだが……体内を循環する魔力を直接対象とする……!」
その姿は異色の魔力が溢れ出る事以外、大きな変化は無いように見える。
たがそれはあくまで一般人から見たヴィサゴの姿。
魔術に触れ、日常的な魔力の色を知る者からすれば、その溢れ出る色、周囲に漂う濁り、肌にぶつかる感覚、全てが強く異常を示している。
ただでさえ差のあった、単純な魔力と質の更なる増強。
更にそこに、老魔術使いの経験がある。
まさに強敵と言わざるをえない。
「貴方も、大概化け物じゃない……!」
「心外だよ、合成獣!」
向き合った二人が、どちらも見たことのない手段で攻撃を仕掛ける。
その時だった。
「待てと……言ってるだろう!!」
お互い、思わず手を止める。
聞いたことのない声だ。
否、正確にはどちらも聞いた事がある。
ただその様な、怒りに任せて叫ぶような声色には心当たりが無かった。
声はエミイの後方、満身創痍で立ち上がるオリセから発されていた。
「オリセ、今までそんな大声……」
「ゲホッ……!さっきから!黙って……聞いていればァ!ゲホッ……!獣だの化け物、だの、怪物だの!」
明らかに慣れていない大声、負傷も相まって、喉の奥から血が溢れだす。
それでもオリセは叫ぶことをやめない。
大地を踏みしめ、大きく息を吸い、力一杯声を上げる。
「――そんなのが!!今更なんだと言うんだ!!」
「……!?」
「エミイはエミイだ!気が強くて、綺麗で!頼りになる!そんなエミイが混血で、姿が歪で、魔人会の孫で、弱気になっている。それが……それが!エミイを一人にする理由にはならない!!!」
地面が、揺れ動く。
辺りにそれらしい揺れを起こせる物は巨大な『蟻』くらいだが、蟻は現在ヴィサゴの指示無しでは動かない状態にある。
誰も、その揺れの正体を理解していない。
そんな中で、オリセはただ、倒れないよう真っ直ぐに立ち堂々と、エミイと自分を鼓舞するため、言葉を空に投げつけた。
「エミイはこれからも、これまでも!一人じゃない!!」
「その通りだよ!エミイちゃん!」
突如、地面が崩れ、大きな穴が蟻の足を取り、転倒させる。
「何っ……!?」
「……オリセじゃない……今のは……」
「遅くなってごめんね、皆を集めるのに手間取っちゃって……」
エミイが視線を上に向ける。
驚愕の連続で集中が途切れたのか、エミイを纏う棘はみるみるうちに減り、顔や肌がすっかり見えるまでになっていた。
開けた視界で見上げる先に、彼女はふわふわ浮いていた。
「こほん……グラちゃん。見、参!」
「グラ……ちゃん……」
「オリセちゃんは何が起こってるかわかってないみたいだけど、今は私の事も含めて説明してる場合じゃないよね。まあ奇跡の力って事で……」
「なんだ、魔力が漂って……何かいるな?貴様がやったのか?」
「む、あのお爺さん私が見えそうで見えないみたい。惜しいな〜……いや、やっぱ惜しくない。私の友達を泣かせる様な人は嫌い!」
見えないのをいいことに舌を思い切り伸ばして拒絶するグラを前に、呆気に取られるエミイ。
「ど、どうしてここに?」
「……?どうしても何も……大変そうだったから手伝おうと思って……」
「……そ――」
その時、蟻がぎしぎしと重い音を鳴らしながら体を起こし始める。
「おっと……それじゃあエミイちゃん、アイツの相手は任せて、あのいじわる爺さんはエミイちゃんとオリセちゃんに任せたよ」
その時のグラは何かを決意したような表情と、意志ある真っ直ぐな瞳でエミイを見つめ、抱きしめた。
「……待って!」
霊体のグラはそのままエミイの体をすり抜け、一瞥もせずに蟻の方へと飛んでゆく。
「全軍!突撃ー!!」
グラの合図により、地中から飛び出す無数の球体。
それら全てが鋭利な武器を持つ、棘のついたモグラの異獣。
一匹一匹の大きさや、一度の体当たりで付ける傷の大きさは、蟻の巨大さとはとても比べ物にならない。
だがモグラは何処から飛び出すか分からない上に、圧倒的に数が多い。
まるで人の足に蟻が集る様に、集まった無数のモグラが『蟻』を襲う。
「数の力を見せてやる!エミイちゃんを泣かせた罪は重いんだぞーーっ!」
8月ですね。
若干体調が悪いけど私は元気です
最近ずっとエミイの話ばっかり書いてる気がします。
一応、主人公は渡り月の四人という考え方をしてるのでほぼ完成したロッサ号で頑張ってるであろうコルと連戦後ヘロヘロで最後の詰めの対処をしてるであろうラニの事も忘れないであげてください。
はい、ほぼ自戒です。
夏なので冷房を惜しまず、水分補給はちゃんとしてください。
これからもよろしくお願いします。




