とある亜人の回想『血』①
今から約15年前、レマン王国にとある貴族の家系があった。
代々優れた魔術使いの血筋であり、歴代の当主達が国から受け取った勲章の数は計り知れない名家。
それがアバロム家。
城と大差ない豪華な屋敷の裏にはアバロムの保有する山があり、そこには誰も知らない地下室へと続く階段が一つあった。
いつかの先祖が秘密裏に作ったものらしく、今となってはその存在を知るのはたった三人。
山道に似合わぬ、綺麗な装飾の施された洋服を身に纏う彼。
言うなれば地下室は彼の秘密基地だ。
彼は錆びついた扉を開け、薄暗い階段を下り、地下室に足を踏み入れる。
するとほんのりと照明の灯る棚の影から小さな子供が飛び出して来て、彼に抱き着いた。
「おかえりなさい、おとうさま!」
「っ……とと、こらエミイ。急に飛びついたら危ないだろう?」
少女を抱き上げ頭を撫でる彼の名はエダン・アロン・アバロム。
エミイの実の父、彼は純人である。
「今週もいい子にできたかい?」
「ええ!」
「よかった!じゃあこれはご褒美だよ」
エダンが持ってきた2つの袋、そのうちの一つをエミイに渡す。
エミイはキラキラとした目で父と袋を交互に見る。
「……くすっ、開けていいよ」
「!」
期待に胸を膨らませながら、袋を開ける。
その中にはフリルのついた綺麗な洋服が数着入っていた。
「わ……おとうさま!ありがとう!」
「さ、お父様はお母様とお話してくるから、着替えてご覧。かわいいエミイを見せておくれ」
「うん!」
エダンの作った専用のドレスルームにエミイが向かうのを見ながら、彼は更に奥、エミイの飛び出してきた薄明かりの方へと向かう。
「……ただいま、メアリ」
「おかえりなさい」
返事はしつつも、僅かな光源を頼りに読む本から視線を動かさない女性。
コウモリの亜人であり、エミイ同様に美しい金色の髪。
メアリと呼ばれた彼女こそ、エミイの『お母様』だった。
「これ、今週分の食べ物。あとメアリの服も入っている」
「はあ、貴方ねえ……私のは別にいらないって言ってるでしょう?」
「そう言うな……いやほんとに、今回はあんまフリフリじゃないから!」
「……」
「そ、そんな目で見ないで……」
メアリは溜息を零しながら本を閉じる。
「あの子、だいぶ『抑える』のがうまくなったわ。先月の牙に続いて、今週は背中の翼を抑える術を教えたのだけど、すぐに身に着いたわ。あとは腕の翼だけなのだけれど……」
「……そっか」
エミイはこの地下室で産まれた時、まさに半獣半人と呼ばれる様な見た目をしていた。
純人と亜人の混血は前例が無いに等しい為、二人はエミイを手探りで育てた。
成長するにつれて容姿は人間に近づいて行ったが、腕の片翼や左右非対称の瞳等、亜人としても歪な体質は一部残ったままだった。
幸い、それは翼を持つ亜人が翼を畳む要領で『抑え込む』事が可能だった。
「ねえエダン……私達、いつまでここにいればいいのかしら」
「すまないと思っている……本当は屋敷に連れ帰り、君と正式に婚姻したいが……俺のお父様は亜人差別主義者だ、何をされるかわかったものじゃない」
「わかってる。表向きの婚約者だっているのでしょう?」
「あんなのは形だけ、親の決めた相手だ」
「それもわかってる、『君が運命』でしょう?何度も聞いてるわ」
「……そ、そういうこと……コホン、でもいつまでもこんな暗い部屋に閉じ込めておくつもりもない。もう少し待ってくれ、そう遠くないうちに一人立ちして自分の屋敷を持つから」
「ええ、早めにね。ここはエミイの嫌いな虫がたまに入り込んでくるから嫌だわ」
「おとうさま、おかあさま」
話が丁度一区切りついた時、二人はエミイが棚の陰からこちらを覗いているのに気がついた。
「おっ、着替え終わったかい?」
「うん……へへ……」
もじもじしながらエミイが全身を見せる。
白のフリルがついた衣装に身を包んだ彼女はまさしく人形の様で、全身から愛嬌を振りまくかのようだった。
「っ……娘……可愛すぎ……っ!なあメアリ……あれ?」
先程までエダンの真隣に座っていた彼女は、既にそこにはいなかった。
エダンが隣を見ると同時に飛び出し、既にエミイを抱きしめ撫で回していたからだ。
「〜〜〜……っ!」
「おかあさま、どう?」
「……可愛すぎるわ」
「独り占めはズルいよメアリ……ちなみにそれは大人サイズのもあるんだけど、エミイとお揃いにしたくないかい?」
「おそろい……!」
エダンとエミイ、二人の期待の視線が一点に向けられる。
「くっ……はぁ……ズルい人。今日だけよ」
活動範囲は狭く、薄暗い地下室ではできることも限られ、三人揃う事ができるのは週に一度。
それでも彼らは幸福だった。
このままエダンが自分の屋敷を持てば、そこで暮らしているうちに世間が変われば、三人で、普通に暮らす日々があるかもしれないと思えば。
少しづつ良くなる未来に希望が持てていた。
だから幸福だった。
(……そう、何事もなければ、私達『家族』の未来は少しづつ、良くなっていたはずだった……)




