総力戦
急いで団長室を飛び出し、廊下の窓から外を見る。
その先には確かに、夜を照らす赤い炎と立ち上る煙が森を荒らしながらじわじわとこちらに進んで来るのが見えた。
『普通の火であればこの様な燃え方はしない、ということはもうお気づきですよね?』
バハメロは火災と共に現れた羽の生えた卵のような謎の生物を鷲掴み、今にも握り潰さんとする程の気迫で睨みつける。
「敵ではないと言ったな?すぐに知っている事を全て離せ」
『いいでしょう。その為に姿を見せたのですから』
バハメロの手から離れたその生物の声色は変わらない。
『自己紹介は後として……まずあの炎は魔術……それもかなり高度な魔術にて放たれた炎。あれば魔人会の手によるあなた方への攻撃です』
「魔人会……!」
『ご存知の様ですので、説明は省きましょう。魔人会の目的はあなた方の確保、もしくは殺害です。このままでは炎と共に進軍する彼の者達に確保されるのも時間の問題でしょう。今は、私を信じてください』
正体不明の卵は撤退を促している。
実際火災の勢いは強く、魔術によって放たれたとは言え、仮に発動した術者を殺したとしても火を消すことはできない為、拠点を捨てて逃げるしか選択肢はない。
『……ではまだ火の届いていない方向から――』
「……否、拠点の場所をどう知ったかは知らぬが、それほど明確に我々を攻撃するのであれば退路など残さないはず。そこは罠である。故に、我々は我々の方法で森を出る!コル!ナノン!『ロッサ号』を完成させるのである!そうしたら合図せよ!」
そう言ってバハメロは返事を聞く間も惜しんで窓から壁を伝って屋根に飛び乗り、大声を上げた。
「ノヤリスの全団員!我々は今敵から攻撃を受けている!故に拠点を捨て撤退するのである!非戦闘員はロナザメト、リン、アリッサ!以上3名の指示に従い移動せよ!撤退の為の移動手段がそこにある!秘密裏に開発していた『空飛ぶ船』である!」
その声は拠点中に響き渡り、意図通り全ての団員の耳に届く。
「しかし船は今から仕上げといった段階!故に戦闘が可能な団員は、これからの押し寄せる敵に対し!船の完成と全員が搭乗するまでの時間を稼ぐ!」
拠点中から、団員達の声が聞こえる。
狼狽え泣き出す者もいれば、明確な敵の行動だと知り怒りに震える者もいる。
そんな声を聞きながら、コルとナノンはいち早くロッサ号の操舵室にたどり着いていた。
「一応聞くけどどのくらいでできる!?」
「部品が揃っているから2時間……!いや!二人で分担して1時間以下で終わらせるっす!ひとまず飛ばす事を優先!」
「了解!」
指示を終え屋根から飛び降りたバハメロのそばに、空飛ぶ卵がふわふわと寄ってくる。
『魔人会の勢力はあなた方よりも遥かに多い、いくらあなた方でも苦戦を強いられますよ』
「無論、理解している。しかし!やらねばならぬのである!」
目先を睨みつけるバハメロの前にある茂みから、黒いローブの男が姿を現した。
「随分と早い到着である、炎と共に、では無かったか?」
『言葉のあやです……あれは斥候でしょうが、彼の組織は狂っている。炎で退路が絶たれる事も意に介しません』
「上等、である!」
「……!」
魔術を発動するよりも早く、バハメロの後ろから飛び出してきたラニの飛び蹴りが男を遥か先の大木まで突き飛ばす。
「大変な状況なのはわかった、時間稼ぎってどんくらいだ?」
「コルとナノンがロッサ号を完成させるまで、である」
「じゃあそんなにかからねえな!……なんだそいつ!?」
『……私がいては混乱を招きますね。この『使い魔』の身ではできることも限られるので少し離れます』
パタパタと空高く登っていく『使い魔』をラニは捕まえようとしたが、森から飛来した光の矢を回避している間に、使い魔は消えてしまった。
「……まあ、今はこっちか」
付近のあちこちから戦闘が始まる音がする。
迫りくる火災という制限時間のある乱戦、何処で誰が戦っているかもわからないこの状況で、団員達はそれぞれの役割を理解した。
全員が自分にできることを最大限する事。
そうすれば自分にできない事は誰かに任せられると。
戦闘員の大多数は魔人会を見るのは初めてだった。
しかし言葉を交わさずともわかるその殺気と魔力、直感が『敵』だと警告する者を前に思う。
『自分が今やるべき事は、全力でこの敵を排除する事だ』と。
ノヤリスがこれまで築き上げた拠点を捨てたこの日。
世界的事件の一幕となるこの夜は、後に『ノヤリス総力戦』、或いは『ロッサ号防衛戦』と名付けられ、長い歴史の1頁として語られる事になる。




