弱点
オリセは怯えるエミイの下に駆けつけたはいいものの、近づいてようやく元凶たる虫が服の中に入ってしまったと知る。
「……うう、早くしなさいよ!」
「……そう、言われても……困る……」
「はぁ!?今困ってるのはわた――っひぃ!」
奇抜な悲鳴を上げたかと思うと、これまた奇抜な体制で転げるエミイ。
服の下で背中から脇のあたりまで移動した虫が潰れないようにした結果なのだろう。
「ああもう……この際手を入れる事を許すわ!だから早く……」
「……」
オリセは許可を得てようやくエミイに触れる。
しかしそれを前に、オリセは再び動きを止めた
「ねえ何?まだ何かあるの?」
「……???」
着やすい服を好むオリセに取って、お洒落さに気を使うエミイの服は普段見ているだけならそれでいいのだが、自分が触れるには難しい構造をしていた。
それから数分後。
服の中で移動を続けた事もあり、オリセはようやくの思いで取り出した虫がエミイに殺されないよう森に放り投げた。
振り返るとそこには背中を出したエミイがぐったりと倒れている。
「はぁ……はぁ……貴方今、『任務の後より疲れているな』とか……思ってないでしょうね……」
「……思っている」
「誰のせいだと……いや、いいわ。結果として助けてもらったのだし……ありがとう」
エミイは立ち上がろうとしたが、手足に力が入らず顔を地面から離すことすらできない。
「もう最悪、運んでちょうだい」
「……了解した」
「ああその前に背中のボタン……はぁ、もう後でいいわ」
一刻も早く落ち着いた場所に腰を下ろすため、エミイは素肌を晒したままの運搬を受け入れる。
二人で自室に戻り、オリセの持ってきた水を飲んだところでようやく正気を取り戻し、お互いに土のついた服から着替える。
「ああいう事があった後って見えてない所に『ついてる』んじゃないかって不安になるわよね、大丈夫かしら」
「……見える限りでは……問題ない」
安堵と怒りの混じった大きなため息を零し、ベッドに倒れ込む。
枕に顔を埋める彼女は少し震えていた。
「……怖かった……のか……?」
「うるさい、馬鹿」
「……すまない……だが訓練中とはいえ戦闘に影響を及ぼす程の苦手意識……いや、恐怖心がエミイにどうしようもできないのなら……今後のカバーの為に今理解しておくべき……かと……」
少しの間、小さく鼻を啜る音だけが部屋に響いていた。
そしてため息をついた後、裾で目を擦ってからエミイは口を開く。
「虫だけは無理よ……幼少期のトラウマってあるでしょう?昔……」
何を思ったか、そこで一度言葉に詰まる。
「……昔、声を出せない状況で暗い場所に隠れた事があったわ、そこは植物のある屋内で……それはもう色んな……色んな種類の虫が私に集まってきて……大声を上げて逃げ出せればよかったのだけど、それすらできない状況と合わせて、思い出してしまうの」
震える声で、鳥肌のたった腕を掻き毟る。
オリセは辛い過去を思い出させた事に対する罪悪感で胸がいっぱいになるも、どうして良いかわからず震える手を隣で握ることしかできなかった。
「……悪く思うくらいなら聞かないで」
「……すまない……そこまで話してくれるとは思わなかった……」
「……ふん」
エミイは開いた手で再び腫れた目を擦ってから、いつもの調子で喋り始めた。
「こほん……今日は、私ばかり弱点を見られてて腹立たしいわ!オリセ、貴方も何か自分の弱点を言いなさい」
「……コル達に褒められてから、魔術訓練の傍らにナイフに関する技術も磨いているのだが……詠唱より早いからとナイフを投げる事が増えている。それで前に手持ちのナイフを一本無くしてしまった……ナイフと魔術を両立する強みを活かしきれていない部分が……」
「待って、今聞きたい弱点ってそういう話じゃ……」
オリセはキョトンとした顔で首をかしげる。
「はぁ、まあいいわ。実際武器を無くすのは損だし、投げる用のナイフを魔術で用意したら?貴方、魔術で木を弄るの得意だし」
「……なるほど……良い案だと、思う……すぐに取り出せる様な装備があれば……今度コルに相談してみよう……」
キョトンとした顔の次は心の底から妙案だと思っている顔に変わる。
相変わらず無表情な事が多く、何を考えているかわからない事も多いオリセだが、最近では表情のレパートリーも増えてきている。
とはいえ表情筋の動きは小さく、その変化をここまで感じる事ができるのはエミイくらいなものだが、本人はそのことをあまり理解していない。
「ほら、弱点が1つ減ったわよ?これでノーカウント、次の弱点を言いなさい、今度は戦闘以外で」
時は進んでその日の夕方も終わりそうな薄暗い時間、1台の馬車が迷路の森を抜けて帰って来ていた。




