お引き取りください
『長距離移動機車をご利用のお客様、間もなくハルミラに到着致します。お降りの際はお忘れ物など無きよう――』
長いようで短い機車での時間が、終わりを迎えた。
ノイミュ王国の交易都市、ハルミラ。
右を見れば歯車が回り、左を見ればパイプから蒸気が吹き出す。
一つ前に停まったバゲルも進んだ都市であったが、ここがそのバゲルで使われている先進的な機械を作っている国。
観光地として活気のあるパメリフトとバゲルと違い、ここは学者や発明家などが住み着いた開発者の巣窟だ。
ハルミラに限らずノイミュには昔からそういった者が多い。
己の利益を顧みず、ただ好きなように生み出し、世界に排出する。
他でもない国王がそうしているのだから、そういった者が集まり国になったのも当然と言える。
「やっとついた、ここがハルミラ……!」
コルの目前に広がるのはそんな街並み。
道行く人間も何やら複雑そうな機材を運んでいたり身につけたりしており、まるで初めて都会に来た田舎者のように目を輝かせてしまう。
「凄い、なんだろあれ……っと、おおこれは……なるほどこんな……」
どこに目を向けても参考になる物ばかりで、よそ見ばかりしていたコルは、曲がり角の向こうにある人の気配にも気づかなかった。
「うあっ……ご、ごめんなさい」
「ほほ、こちらこそ失礼」
コルがぶつかりかけた紳士はペコリと頭を下げ、気にせずそのまま歩き出す。
怒鳴られても仕方ない程にコルが悪いというのに、紳士は少しも腹を立てている様子はなかった。
紳士だけではない。
ハルミラに到着してからすれ違う人々は優しい笑顔をした者が多かった。
「……っ〜、どこ見ても楽しいし人も優しい……まるで天国みたいだ」
とは言えよそ見歩きは危険だと反省する。
それでも気になる物は気になるのでしっかりと足を止めて見る事にしたせいで街を出るのに予想よりも時間がかかってしまった。
そう、目的地はこの街ではなく、街を出て1日歩いた隣町テルミラにある。
コルはまた来ようと唇を噛み締め振り向かずに一晩、テルミラに向かって整備された石造りの道を歩き出す。
ハルミラとテルミラを繋ぐ長距離移動機車の規模縮小版、後の世で『モノレール』と呼ばれる小さな移動手段が最近開発され、それに乗れば移動時間は半日で済んだという事をコルが知ったのは、くたびれた足でテルミラの安宿からハルミラ行きの駅を見た時だった。
歩き疲れたコルは硬いベッドにも関わらず熟睡し、目覚めたのは翌日の昼だった。
ハルミラで買ったパンを噛り、宿を出て、迷いなく一直線に目的地へ向かう。
それはとてもわかり易く、大きな工場を備えた建物に大きく『イプイプカンパニー』と書かれた派手な看板が貼り付けられている。
テルミラは工場や会社などが多く、飲食店もほとんどが仕事終わりに飲みに行く為の酒場ばかりで、発展している割に忙しく働く大人達の街だ。
そんな中、鞄一つ分の荷物だけを持つ見慣れない青年がいれば目立つのも道理。
コルは人々の視線から逃れる様にひっそりとイプイプカンパニーの本社に近づいた。
「……」
正門には当然門番がいる、それも二人。
怪しい動きで怪しい男が近づいているのだから、警戒するのもまた当然だろう。
コルの目的はコルの伯父、つまり、イプイプカンパニーの『社長』に会うことだ。
できるだけ人目にはつきたくないのが正直なところであったが、ここはひとまず正面から通ることにした。
「あー、こほん。俺はサナダ・イプ・ライトの甥です、伯父に用があって来ました」
「アポイントメントは?」
「あぽ……何?」
門番達は話にならないと言わんばかりに肩を竦めた。
「お引き取りください」
「ちょっ、頼むよそこをなんとか!親戚に会うのにあぽなんとかが必要なのかよ!大体なんだあぽなんとかって!」
「面会の約束と言う用語です」
「じゃあ最初からそう言えよ!わざと難しい言い方しやがって……」
「失礼、サナダ様とお会いになられる方々でしたら知っているのが基本ですので。それで、サナダ様と面会の約束はしておりますか?」
「……してないけど」
「お引き取りください」
門番達はコルの腕を掴み、建物から離す様に引きずる。
最初こそ抵抗できていたが門番も慣れているのか二人がかりでみるみるうちに建物が遠くなっていく。
諦めて忍び込むプランを考え始めた時だった。
「どうしたんだい」
背後から男の声がする。
「はっ、不審者を拘束していた所です」
「珍しい……おや?」
門番に拘束されて見る事はできないが、その声は間違いなく聞き覚えがあった。
「髪型でわかったよ、常にひとつ結びの青年なんて今の時代そうそういない……オレが教えた一昔前のヘアスタイルだからな」
門番の手が緩み、ようやく後ろを見ることができる様になる。
そこには相変わらず母を逞しい男にしたような中年がにやにやと笑っていた。
昔と違うとすれば、今のコルと同様に一昔前に流行した少し時代遅れなヘアスタイルをしている所だ。
「髪切る時間が無くてね、でも長髪ならこう纏めるのが一番楽だ」
そう言って手を差し出した男こそ、機械文明の立役者にして大陸中に高品質な機械部品等を販売する大企業『イプイプカンパニー』の社長にしてコルの伯父。
サナダ・イプ・ライト、その人だった。
「変わらないね、おじさん」
「お前は大きくなったな、それにお転婆小僧にもなった。知ってるんだぞ?親父を殴って何ヶ月も帰ってないって」
コルは立ち上がりながら苦笑いをする。
家出した時に転がり込む事を想定して自分と関わりのある親戚に確認するのは父のやりそうな事だとは思っていたが、どこか頭の片隅に追いやっていた節もあった。
「はっはっ、まあコルももう大人な訳だし、何か事情もあるだろう?」
「まあ……詳しくは話せないけど……ってそうじゃなくて、今日はおじさんに頼みがあって来たんだ」
「ふん?まあ立ち話もなんだし、おいで」
「あの……」
建物の中に入ろうとする二人を若い女が引き止める。
女は門番と同じ服を着ており、コルが気づいていなかっただけでずっとサナダの後ろにいた、所謂サナダの秘書だ。
「……?どしたの」
「どしたのじゃないですよ社長、この後の予定はどうなさるので……」
「あーキャンセルしといて」
「ええ!?こう言ってはなんですが結構大事なヤツですよ!?」
「ちっちっ、違うよミツルギちゃん……オレにとっては甥っ子の話より大事な事はないのだよ!じゃあよろしく!」
サナダはコルの手を引き建物の奥へと駆けて行く、歳も50近いと言うのに元気が有り余っている様子だった。
「あんなテンション高い社長初めて見た……うううう、絶対今度お詫びしてもらいますからね〜〜!社長ーー!!」




