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僕と部長の異世界探索  作者: 片谷学
第一章 はじまり
3/13

#3 森と草原とドラゴン

「へ?」


 部長は顔だけではなく、装置の中から全身にゅるりと出てきた。どうやら、足はあるので幽霊ではないらしい。


「それにしても、すごいはこの装置。お前も入ってみろよ」

「凄いって何が?」

「それは、やってみてからのお楽しみって事で」

「??」


 訳が分からずに首を傾げていると、部長が手を掴み、装置の中に引きずりこんできた。

 まぶしい光源に目が明けられなくなる。

 そうして、僕は光の中へ足を踏み入れた。


「もう、目あけていいぞ」


 部長の声を聞き、恐る恐る瞼を開いた。

 すると、目の前に広がっていたのは、


「なんだよこれ……」


 完全な森であった。

 巨大な大木で周りは囲まれ、床はフローリングではなく、土。

 寝ぼけているのだろうか?

 頬を叩いてみる。痛みはあった。どうやら夢ではないらしい。


「おかしいだろ。だって僕たちがいたのは部室だろ?なんで、森の中なんかにいるんだよ」

「どうやら、あの装置の発光の正体はワープホールだったらしい。ここがどこかも、どういう仕組みでワープなんかできてしまったかもわからないけど」


 足元を見ると、なくなった設計図が落ちていた。光に吸い込まれた後、ここに飛ばされたのか。


「マジかよ……」


 現実感がなくなる出来事に僕は理解が追い付かなかった。

 装置。発光。消えた設計図。ワープホール。

 まるでSF映画だ。ありえない。

 でも、目の前に広がっているのは確かに現実らしい。頬を叩いてもちゃんと痛いし、足元の土を触ってみたが確かに感触がある。


「おい。もう少し見て回ろうぜ」


 棒立ちでフリーズしていた僕とは対照的に部長はわくわくした様子で走り出した。きっと、未知な出来事を実際に体験して高ぶる好奇心を抑えられないのだろう。よく、頭がフリーズしないものだ。


「ちょっと部長、待ってくれよ」


 一人森の中で残されるのは勘弁してほしいので、僕も部長を追って走り始めた。

 



 森の中は意外に湿度が高かった。しかし、気温が低かったのでそれほど不快ではない。何度か、泥で足を取られたが転ぶことはなかった。しかし、上履きは汚れた。だが、制服の裾はなんとか死守したぞ。泥はねしたら洗濯機にそのままぶち込めないから面倒だ。

 携帯を使えばGPSで位置がわかるかもしれないと思い、見てみたが残念ながら圏外だった。

 電波が届かないほどの山の中なのか?

 ネット回線は生きていないようだったが、テレビならどうだろうか?受信出来たらどこの地方局かわかるかもしれない。

 そう思い、ワンセグを起動してみるものの、受信できなかった。

 電波系は全滅か。現代の日本において、電波が全く受信できない場所なんてあまりないはずである。

 走り続けて段々息切れしてきた。普段から運動不足なのか、呼吸が苦しくなる。それは、部長も同じで、前を走る背中も徐々に減速しつつある。


「ぜぇぜぇ……」


 体力が尽きたのか、ついに部長はその場で膝に手をついて止まってしまった。


「はぁ……はぁ……部長、どこまで行くんだよ……」

「ぜぇぜぇ……とくには決めてないど、とりあえずダラダラと歩こうか。走っても疲れるだけだし」


 なら、初めからそうしてくれ。僕の無駄な体力消費は何だったんだ。

 走り始めてからそれほど経っていないはずだが、二人とも体力の限界に達していた。なんとも情けない話ではあるが、僕も部長も運動嫌いのインドア派であったので、裏目に出た。感情に任せて走り出すべきではないと、部長もこれで理解してくれただろう。

 


 あてもなく、ぶらぶらと歩く僕ら。

 数分後、前方に開けた場所が見えた。

 森の出口だった。


「よし、森を抜けたら、何か見えるかもしれない。特徴的な建物でもあれば、ここがどこかわかるかも」

「それは楽しみだ」


 部長の言葉に僕は期待した。部室から繋がった異次元トンネルは一体どこに繋がっているのだろうか?その正体が知りたくてうずうずしていた。

 まだ若干息を切らしている部長を置いて、僕は小走りに駆け出す。

 出口から陽の光が差しこみ、まぶしかった。

 そして、木々を抜けた先に広がっていた光景は、


「部長」

「なんだ」

「建物なんてなかったよ……」


 一面に広がっていたのは草原であった。見回しても建物などなく、生い茂った草が見えるだけ。これぞまさしく草生える。

 

「ここどこだ……日本なのか?」

「いや、日本にこんなだだっ広い草原なんてないんじゃないのか?あるとすれば北海道?」

「僕、やっぱり夢でも見てるのかな?」

「安心しろ。俺も見てる。夢じゃないぞ」


 部長はどうかしらないが、僕は海外にも北海道にもいったことがない。もちろん、このような光景を見るのは初めてで、ワープホールにも興奮を覚えていたが、だだっ広いどこまでも広がる平原もまたとても刺激的であった。

 しかし、3分後にもっと刺激的な出来事が起こることをこの時の僕はまだ知らなかった。


「……記念に写真でも撮っておくか」


 部長はポケットから携帯を取り出すと一枚パシャリ。静かな平原にシャッター音が響いた。


「部長の携帯電波繋がる?」

「いや、ダメだ。圏外って表示出てる」


 部長の携帯キャリアは、僕と別の所だったはず。違う会社だったら、ワンチャンつながるかと思ったけど、ダメだったらしい。


「おい、清。なんか遠くに変な物が飛んでないか?」

「ん?」


 部長が指さす方を見てみると、何やら赤い物体が空にあった。


「飛行機か?」

「でも、俺赤い飛行機なんて見たことないけど。普通、飛行機って白色じゃないの?」


 確かに、旅客機は白がベースだし、戦闘機は青か銀色の物しか見たことがない。僕が無知なだけかもしれないが、赤い飛行機なんてあるのだろうか?

 遠くを飛んでいるそれを部長はスマホカメラでズームしてみた。


「……これ、飛行機じゃないよな?」


 高速で飛んでいたそれは、すぐにレンズから外れてしまったが、なにやら形がおかしい。一瞬ではあったが、それに頭が付いていることを僕たちは見た。


「最近の飛行機は頭でも付けて飛ぶのかな?」

「馬鹿な事を言うな。どこに空力的に悪い設計の飛行機を作る奴がいる?」


 部長の言う通り、乗り物は通常空気抵抗を減らすために流線形をしている。高速になればなるほど、空気抵抗というのは増すので、飛行機は特に流体力学に重視した設計がなされるはず。わざわざ頭なんていうでっぱりを作るエンジニアはいないだろう。


「おい、なんかこっちに近づいてきてないか?」


 部長が指をさす『それ』は、最初はとても小さな豆粒であったが、段々大きく見える。目を凝らさないと視認できなかった『それ』は、今では普通に視界に入る。

 嫌な予感がした。説明はできないが、直感的に寒気が走る。


「……部長そろそろ帰らないか?」

「そうだな。下校時間も過ぎてるし、早く部室に戻って帰り支度をしないとまずいかも。また、須川にグチグチ言われるのも癪だし」


 そう言って、踵を返した瞬間。僕らの背中に強烈な熱風が吹きつけた。爆音も聞こえる。耳がおかしくなりそうだ。


「!?」


 すごい風量だ。体が飛ばされそうになる。

 上履きのグリップ力をありっだけ使い、何とか踏ん張った。

 数秒こらえると、熱風は収まった。


「清、大丈夫か!?」

「なんとか」


 部長も無事だったらしい。

 僕らは背中を振り返ってみた。


「なんだよこれ……」

「こりゃ、ダイナミックな焼き畑農業だな」


 さっきまで青々と茂っていた草は黒く灰になっていた。地面からは湯気が出ている。まるで、火山地帯のようになっていた。


「焼き畑農業ってなんだ?」

「……中学の社会でやっただろ。地理の教科書読み直せ」

「そんなものとっくの昔に捨てたよ」


 どうやら、下らない会話が出来るほどは、僕らの精神は正常を保っていたらしい。いや、もしかすると、一周回って現実逃避をしているだけかもしれないが。

 飛んでいた『それ』がドラゴンで、僕らの目の前に炎を吐きつけたなんて理解が追い付かないのだから。

 恐怖で血の気が引いていく。頭が真っ白になっていく。


「清、逃げるぞ!」


 頭がブラックアウトしていた僕を、部長が手を引いて走り出す。

 ドラゴンはこちらを睨みつけていた。


「何してるんだ。早く足動かせ!」


 部長に怒鳴られて意識が戻る。

 そうだ。今やるべき事は、怯える事でも棒立ちになってることでもない。一刻も早くこの場を離れて、部室へ帰ることだ。

 僕と部長は森へ駆け込んだ。


 

 火事場の馬鹿力という言葉を知っているだろうか?有事の時には、通常からは考えらないほどの力が出るという意味だ。

 どうやら、それは本当だったらしい。僕は、現在身をもって実感していた。

 先程までの疲労感も、上がっていたはずの息も、現在は全く気にならない。ただ、ひたすら足を動かす。

制服の裾は泥だらけになっていたが、もはやそんなことはどうでもよくなっていた。


「あ、あれってドラゴン?」

「知らん」

「火を吐く生物なんて聞いたことがないんだけど、ここはどこなんだよ」

「知らん」

「僕らって狙われてるの?」

「知らん!そんなことは部室に戻った後でじっくり考えろ!今は走る事だけに集中しろ。余計な事をしゃべったら体力持っていかれるぞ!」

 

 部長に叱られてしまった。

 命に危険が及んでいる状況においても、僕の頭は余計な事を考えるほど、お花畑だったらしい。

 走ることに集中しないと。アドレナリンがドバドバ出て、疲労感が麻痺しているとはいえ、僕の足が遅いことには変わりない。持久力は気合でなんとかなっても、筋肉の絶対量は不変だ。

 思っているより状況は生ぬるくない。

 必死になって部長の背中を追った。木の根を飛び越し、ぬかるみで足が取られつつも歩みを止めない。いつの間にか、裾だけでなく、シャツや背広、顔にも泥がついていたが気にならなかった。

 後ろを振り返ってみる。

 ドラゴンは上空から、まだ僕らを睨んでいた。

 赤い『それ』は再び口に火の玉を作った。

 どうやら、再び攻撃してくるらしい。仮に直撃を避けられたとしても、先程の草原と違い、森を燃やされれば、すぐに火の手が広がる。僕らが部室に帰る前に火の手が回れば逃げ道がなくなってしまう。

 恐怖で足が動かなくなりそうだ。だけど、それは最悪の選択。震える手を握りしめて、なんとか恐怖を飲み込んだ。

 

「おい、清、出口だ!」


 だが、同時に希望もあった。前方には、僕らがここに来た原因である白い光が見える。

ゴールまであと五十メートル。


 ドラゴンの火の玉はどんどん膨らむ。発射準備でもしているのだろうか?

 あと、三十メートル。間に合うか?

 しかし、不幸が起こる。ぬかるみで足を滑らし、バランスが崩れる。


「あ……」


 立て直せないほど全身が傾く。僕の体は地面にたたきつけられた。


「痛ぇ……」

「大丈夫か!?」

 

 部長が駆け寄ってきた。

 ドラゴンの火の玉は口のサイズと同等に成りかけていた。

 クソ。肝心な所でこけるなんて。自分の不甲斐なさに腹が立つ。


「部長、僕に構わず早くいけ!」

「そんな事出来るかよ!いいから早く立て!」


 部長は僕の手を強引に握り、引きずりつつも、無理やり起こす。

 あと二十メートル。

 僕らは再び走り出す。


「飛び込むぞ!部室に戻ったら装置の電源を切るんだ!」


 部長の怒声に僕はうなずく。

 あと十メートル。

 ドラゴンの目は笑っているように見えた。まるで、勝ちを確信しているようなものだった。

 もう少しなんだ。簡単に死んでたまるか。

 あと、五メートル。

 先に装置に飛び込んだのは、前方を走る部長だった。ヘッドスライディングで宙を舞った体は光に吸い込まれて消える。

 僕も続いた。

 まぶしさに目を閉じながら、光に身を投げる。同時に後ろから熱風が降り注ぐ。


 

 部長は装置から飛び出した。浮いた体はそのまま机にたたきつけられる。衝撃で置いてあったノートパソコンが頭上に直撃する。


「痛ってぇ……」


 続いて僕も飛び出す。幸いなことに着地点には何もなかった。フローリングの床に転げ落ちる。

 部室だった。無事に帰ってきたのだ。

 だが、安心するのはまだ早い。装置からは熱風が出ている。早く止めなければ、ワープホールを通じ、火の手がこちらへ回るかもしれない。

 パソコンに頭をぶつけた部長は痛そうにうずくまっている。

 やるなら、僕しかない。

 装置のスイッチを探す。しかし、ぐちゃぐちゃに散らばっている配線が邪魔で見当たらなかった。

 呑気に探している暇なんてなかった。

 反射的にコンセントに刺さっていたプラグを抜いた。ブチ切りをすれば、故障する可能性があるかもしれないが、そんなことを気にしている場合ではない。

 電力を失った装置は、コイル中心部から光を失いつつある。それと共に、振動も収まりつつある。

 ゆっくりとワープホールは消失し、やがて完全に消えた。

 助かったのだ。


「はぁーー、怖かった」


 安堵し、全身の力が抜ける。僕は床に崩れた。


「なんとか、助かったみたいだな」


 ぶつけた頭をさすりながら、部長も冷や汗が止まったみたいだった。深呼吸を繰り返し、心拍数を落ち着けている。

 分からない事が立て続けに起きた。理由は不明だが、命も狙われた。だが、何はともあれ、僕らは助かったのだ。ちゃんと生きている。

 だが、感傷にふける暇もなく、部室のドアがノックされた。


「今井。米山さん。下校時間はとっくに過ぎていますよ」


 ドア越しに会長の声が聞こえる。

 アンテナがマックスまで立っていた携帯をみてみると、既に下校時間を三十分以上超過していた。


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 赤い『それ』は満足気に笑みを浮かべていた。

 あれだけの広範囲を燃やしたのだ。彼らは焼け死んだだろう。今度は外さなかった。

 上空から森を見渡す。火は木々に燃え移り、ネズミ算式に加速していく。

 

「ど、どうしよう……私達のような新米のエリアにまさかドラゴンが来るなんて」

「とりあえず、あたしが氷の魔法で火を食い止めるから、あんたは村に戻って避難を呼びかけなさい」


 先程、今井と米山が立っていた森と草原の境目には、二人の少女がいた。一人はソワソワしていたが、もう一人は毅然として呪文を唱えている。


「た、戦わないの?」

「馬鹿言わないで。あたし達二人で敵うわけがないわ。それよりも、被害を食い止める事が最優先よ。あんた、認識阻害の魔法使えたわよね?あたし達も危ないから見つからないようにしないと……」

「でも、私の魔法成功率低いし」

「それでもやるの!」


 青髪の子に促され、銀髪の子はおどおどしながらも呪文を唱える。しかし、その前、赤い『それ』は彼女達の存在に気が付いた。


「ヤバい。気が付かれた!」

「ど、どうすれば」

「逃げるわよ」

「ど、どっちに……」

「村はダメね。あたし達を追って来て、他の人に被害が出るかもしれない。あたしがおとりになるから、あんたは何とかして本隊に応援を……」

「その必要はない」


 赤い『それ』が口を開く。


「我は今とても気分がいい。なにせ、『勇者』を二人も葬ることができたのだからな」

「勇者……?」

「こんな辺鄙な所に『勇者』様なんて……」

「とぼけても無駄だ。我らを撃退する隠し玉として、片田舎に隠していたかもしれないが、残念だったな。彼らは今頃森の中で灰と化してるだろう」


 少女達は顔を合わせ、首を傾げる。

 全く覚えがなかった。


「ともかく、彼らを殺せて私は実に気分がいい。小娘二人とちんけな村なんて滅ぼす気は失せた。安心して帰るがよい。お前らにも見せてやりかったぞ。『勇者』のくせに、怯えて逃げ出す奴らの姿をな」


 そう言い残すと、赤い『それ』は笑いながら飛び去った。


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