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読み切り@豆狸

婚約破棄を待ち侘びて

作者: @豆狸

 王宮の中庭で、護衛騎士とメイドに取り囲まれたふたりがお茶を楽しんでいた。

 この国の王子が、目の前に座った侯爵令嬢に向けて口を開く。

 侯爵令嬢は幼いころから王子の婚約者だ。


「君との婚約を白紙に戻すことになった」

「……理由をお聞きしてもよろしくて?」

「隣国の王女と私の縁談がある。いや、もう結婚が決まっている」

「そうですか」


 さして興味もなさげに、侯爵令嬢は自分のお茶に唇をつける。

 別れを告げた側でありながら、王子は不満げに彼女を見つめた。

 彼以外に侯爵令嬢の態度に関心を示す人間はいない。彼女と王子の間が冷え切っていることは、この国の常識だった。政略結婚に過ぎない関係だ。それも致し方ない。


「君は……君は怒らないのか? この小さな国に大陸一の大国である隣国から縁談が来たのは、君が侯爵領で領地の発展に励んで得た治水や農業の知識を王家に惜しみなく分け与えたからだというのに!」


 隣国はその知識を欲しているのだ。

 そうでなければ、こんなに小さな王国へ自国の王女を嫁がせたりはしない。

 隣国の王女とこの王子の関係も政略結婚に過ぎなかった。そこには愛などない。しかし、婚姻を利用して利を得るのは王侯貴族の義務だ。逃れることは出来ない。


「私の知識を王家に供与したのは王宮での王太子妃教育を免除していただいた代償です」

「王太子妃教育を免除されたのは、それが必要ないほど君が優秀だったからだ!」

「お褒めいただき光栄ですわ。……お話がそれだけでしたら、もう帰ってもよろしいかしら」


 先ほどの言葉通り、彼女は王宮で王太子妃教育を受けていない。

 王都へ来たこと自体久しぶりだった。

 普段は侯爵領に引き籠っているが、領内では活発に動き回って、さまざまな功績を成している。


 王子は婚約が結ばれてから片手の指で余るほどしか会っていない婚約者を見つめた。

 いいや、もう婚約者ではない。本人への通達は先ほどだったが、婚約の白紙撤回はすでにおこなわれている。

 王子から伝達したのは、最後の未練のようなものだった。


「……君は、これでいいのか?」

「はい。婚約が結ばれたあの日から、殿下に婚約破棄される日を待ち侘びていたのですもの」


 王子の形の良い眉が歪んだ。


「婚約破棄ではない、白紙撤回だ。私は婚約破棄なんて恥知らずな真似は……」


 しない、と口に出す前に王子の唇が閉じた。

 その顔は紙のように白くなったかと思うと真っ赤になり、最後に青く染まった。

 王子は震える声で元婚約者に問いかける。


「君は……覚えているのか、二回とも」

「なんのことでしょう?」


 侯爵令嬢は微笑んだ。

 王子は泣きそうな顔で彼女を見つめている。

 もしかしたら思い出したのだろうか、と侯爵令嬢は彼を眺めた。初めて会ったときから愛を捧げていた自分を裏切り、尻軽女やその取り巻きどもと一緒になって侯爵令嬢を断罪し婚約を破棄したことを。


(あのときは私も殿下を愛していたから、目の前で自害するなんて愚かな真似をしてしまったわ)


 自害して意識を失った侯爵令嬢が目覚めたとき、時間はふたりが婚約を結んだ直後に戻っていた。

 彼女は前回の失敗に学び、王子に捨てられないよう尻軽女を近づけないよう努力した。でも無駄だった。王子は一度目とは違う阿婆擦れを選んで侯爵令嬢との婚約を破棄した。

 二度目はもう自害などしなかったのだけど、婚約を破棄した途端王子が復縁を求めてすり寄って来たことで、嫉妬に狂った阿婆擦れに殺されてしまった。


 三度目の今は、最初から王子のことを愛していなかった。

 どうせなら婚約を結ぶ前に戻ってくれれば良かったのにと思いながら、二回の知識を利用して王太子妃教育を拒み、婚約破棄されて自由になる日を待ち侘びて過ごしていた。

 侯爵領の発展に勤しんだのは婚約破棄によって王家と問題が起きても立ち向かえる力が欲しかったからだが、それが運命に大きな変化をもたらしたようだ。王子は隣国の王女と結婚する。婚約は破棄でなく白紙撤回される。


(私は婚約自体を後悔したから婚約したときに戻ったけれど、殿下は婚約破棄を後悔していたから、その言葉を口に出すことで記憶が戻ったのかしら?)


 真実など神ならぬ身にはわかるはずもない。

 二度目のとき、侯爵令嬢は婚約自体を後悔しながらも王子への愛を捨てられず婚約破棄という運命を変えようと足掻いた。

 その結果は、排除した尻軽女の代わりに阿婆擦れが現れただけだった。その時点で王子への愛情は涸れ果てた。自分がなにをしようと、彼はべつの女を選ぶのだ。その後で悔やもうと、自分の知ったことではない。


「それでは失礼いたしますわ」

「待ってくれ!」


 立ち上がった侯爵令嬢に縋りつくようにして、王子は叫んだ。


「愛しているんだ! 私は君を愛しているんだ。一度目は君を喪ってから気づいた。二度目は君を喪う前に気づけたから取り戻そうとして、なのにあの女がっ!」


 表情こそ変えていないけれど、周りに立つ護衛騎士やメイド達の瞳が厳しい視線を王子に注いでいた。

 時間が何度も戻っていて、侯爵令嬢と王子には戻る前の記憶があるなどと理解出来るはずがない。

 二度目のときの王子も、侯爵令嬢には前の記憶がないと思って言わなかったのだろう。


(今回は満足に顔を合わせることもなかったのに、なにを言ってらっしゃるのかしら)


 愛を求めて努力した一度目と二度目で浮気をしておいて、距離を置いた今回で執着されるのは気分が悪かった。

 まるでこれまでの自分が嘲笑われているかのようだ。

 そういったことも含めて、自分と彼には縁がなかったのだと侯爵令嬢は思う。


「待ってくれ! 話を聞いてくれ! 愛しているんだ! 君を失ったら私は生きていけない!」

「……殿下はお疲れのようです」


 侯爵令嬢の言葉に、護衛騎士達が今も叫び続けている王子を取り押さえた。

 あんな状態で隣国の王女を娶ることが出来るのだろうかと、彼女は溜息を漏らす。

 もっとも、幸いなことに王子には弟がいた。少し年は下になるが、隣国の王女との縁談は弟王子のほうでも問題はない。所詮政略結婚だ。隣国の王族の矜持で、王位継承権の高い年上の兄王子を選んだだけである。


(このまま隣国との縁談が進もうと、殿下が北の塔に軟禁されようと、私と関係なくなることは変わりないわ)


 待ち侘びた婚約破棄は叶わなかったけれど、彼女の新しい人生はこれから始まるのだった。

一度目と二度目があったから今(三度目)求められているのですが、王子に絆されても良いことはないので侯爵令嬢はこれで良いのです。


時間が戻ったのは、あらゆる世界に影響を持つ力ある言葉『婚約破棄』が発動したからです。

今回は婚約破棄ではなく白紙撤回なので時間は戻りません。


王子は北の塔(一族のアレな人が入るアレなところ)へ入れられるので、隣国の王女は弟王子に嫁ぐでしょう。

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