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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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ルーベンエンディング

アルマンドとのフラグは全撤去。

代わりにルーベンとあらゆるフラグを打ち立てた先の、IFのエンディングです。

 今日はルーベンが帰国する日だ。


 彼と結婚して四年が経つ。

 それぞれ世界中を忙しく飛び回っている為、顔を合わせるのは年に数回。

 顔を合わせても、ほぼ世界情勢や外貨の利回り、国益の発展、そんな話ばかり。私は楽しいが、周囲の人々は目に見えて落胆を示すので申し訳ない。


 世継ぎを望む催促が遠回しに囁かれるが、残念ながらそれは私の役目ではない。

 どうせ囁くのであればルーベンに言ってほしい。彼がその気になれば、そこら中に祝福された赤子たちが生まれるのだろうから。



 開門を告げるラッパの音が鳴り響き、ルーベンの帰国に気づいた。侍女たちに促されて外へ向かうと、馬車からコーネリアとルーベンが降りてくる。

 私を見て揃って目元を緩めた。


「おかえりなさいませ。ルーベン殿下、コーネリア」

「ただいま。ロラも今帰りか」

「ええ、今朝方帰国しました」

「なら少し休め。昼から仕事に取り掛かろう。資料は後ほど部屋に届けておく」

「かしこまりました」


 頷き、去っていくルーベンを一礼し見送る。コーネリアが何とも言えない笑みを浮かべていた。


 昼が過ぎ、執務室へ向かうと中はガランと静まり返っていた。時間を誤ったかと思ったがそうではない。

 ソファーにゆったりと座るルーベンが、資料から目を上げて手招きをする。

 いつもはコーネリアを始めとする侍従や政務官がいるのに、今日は彼一人である。不思議に思ったが、促されるまま対面の椅子に座り、資料に目を落とした。

 コーネリアから届けられた資料だが、読んでいて理解できなかった。一枚目は諸外国との輸出入物品の比率を示したもの、二枚目以降は手紙であった。


 ルーベンの方も同じ内容なのかもしれない。無表情だが、僅かに眉間にシワを寄せ、困惑しているように見えた。

 数分書類に目を落として、徐に彼は口を開く。


「ロラ」

「はい」

「俺と結婚して四年が経つが、不具合はないか」

「ございませんわ。王家に嫁いだ後も、変わらず外交の職を許してくださり、非常に満足しております」

「そうか」


 そう言って、彼はまた書類に目を向けた。

 今度は私が口を開く。


「殿下」

「名前で呼べ。なんだ」

「殿下も不具合やご不満はございませんか?」

「ない。君との仕事は滞りない。非常に満足だ」

「光栄ですわ」


 うふふ、と笑って答えて、また紙と睨みあう。数分の無言が続き、どちらともなく声を出した。


 手紙の内容というのは、匿名による嘆願書である。私とルーベンの不仲を憂慮したもので、あらゆるモニタリング、ヒアリング、統計、市井の声が後ろ何十枚にも続いていた。

 これを見て首を捻る。つまり、どうすればいいのだ。


「これをどう思う、ロラ」

「思うに……、世継ぎ問題を心配しているのでは? 私もそれとなく催促されてますし」

「それは本当か」

「殿下がお忙しいのは充分承知しておりますが、こちらの面も気を配る必要があるのでしょう」

「…………」

「私にいくつか伝手がございますわ。ご紹介の機会を設けますので、お時間を作っていただけますか?」

「不要だ」

「しかし」


 ルーベンは珍しくため息をついて、天を仰いだ。


「世継ぎなら弟たちに任せろ。俺は関与しない」

「ではその旨説明責任が生じますわ。殿下と私の不仲説如きで国民を不安にさせてはなりませんもの」

「お前は」


 彼の眉間に一瞬苛立ちが走る。けれどすぐにしわを指でほぐし、続く言葉を飲み込んだ。


「殿下?」

「名前で呼べ」

「ルーベン殿下」

「お前は本当に物覚えが悪い」


 ルーベンがソファーから立ち上がる。彼が私を「バカ」と、罵ることは多いが、いつも呆れがふくんでいた。今日は何だか怒っているような。


 苛立ちを募らせたルーベンは後手に遮光カーテンを閉じる。逆光になった彼の表情がよく見えない。

 カーテンを全て閉じると部屋の中は薄暗く、何だか空気篭ったように息苦しい。

 彼を呼んだが、それには応えてくれなかった。


「以前、お前の望みは叶いそうか、聞いたことがあったな。進捗はどうだ」

「難しいですわ。一つ正せば、どこかで綻びが生まれますの」

「世界から貧困を無くしたい、なんて大それた願いだ。外交官になったのもそれが理由だろう?」

「まあ、恥ずかしい。知ってましたの? 誰にも言ったことはございませんのに」

「お前の実親との事件を知れば想定できる。貧困さえなくせば、罪に走る者たちが減ると。そう考えたのだと」

「…………」


 他人の口から聞く、自分の野望ってとんでもなく恥ずかしい。偽善たっぷりで、実現不可能な願いを知られており、頬が熱くなる。

 部屋が暗くて良かった。


 ルーベンが私の隣に座る。腰に手が回り、軽々と膝の上に持ち上げられた。正面から向かい合う体勢になり、目を瞠る。説明を求めてルーベンを見上げると、突然視界が暗くなった。


「…………?」

「ロラ」


 自分の唇が、彼の動きに合わせて動いた。

 柔らかに唇が重なり、キスをしているのだと気づき、咄嗟に腰が引ける。しかし大きな手のひらで腰を抱かれ後退がままならない。

 二度、三度唇が触れ、そして痛いくらいに胸の中に抱き込まれた。服の上からでも分かるくらい、彼の鼓動は早い。


 これって。


 疑問の答えが追いつかない。耐えるような吐息が彼から漏れて、名を呼んだが否定された。


「ルーベン。そう呼べ」

「しかし、不敬に」

「ならない。二人の時だけだ」

「……ルーベン」

「ロラ」


 甘やかに金色が揺れ、またキスが降ってくる。ルーベンとこうするのは初めてだが、何故だか嫌ではない。

 何となく私からも唇を返すと、彼の体に熱が灯ったのを感じた。


「愛してる、ロラ」

「……ん」


 すぐに唇が塞がれて、服の中に手が伸びる。優しく撫でるような指先に思わず声が漏れた。慌てて口を閉じたが、くすぐったくて息が辛い。


「我慢しなくていい」

「待っ、急に、こんなの……」

「ロラが煽るからいけない。俺の妻はお前だけだ。本当だったら、ロラの願いが叶ってから及ぶはずだったが」

「え?」

「ロラの気持ちも待つつもりだった。男に抵抗があるのは知っていたし、嫌がるお前を抱きたくない。けれど、今ロラからキスを返しただろ」


 それはそうだけれど。


 燃え上がる金色に見つめられて体が熱い。でもどうしようもない違和感が駆け抜ける。


 何かがおかしい。何かが。


 そう思って、ルーベンへとキスを返しながら囁いた。

 瞬間、彼は大きく目を見開き、体を硬らせる。互いの身支度を整えると同時に、突然執務室の扉が開いた。


 凄い勢いで人々の雪崩が起きる。みなみな扉に張り付いていたようで、顔を真っ赤にさせながら身振り手振りで言い訳を捲し立てた。

 その中の筆頭コーネリアに、ルーベンがため息をついた。


「俺たちの昼食に、何か盛ったな」

「いえいえいえいえ、あの、それは私ではなく料理長がッ!」

「だって殿下たちもどかしいですもん! 両想いなの分かるのに全然発展しないから!」

「我々も妄想膨らませて慰めてましたが、もう限界です! 早く尊いの、ください!」

「市井でも殿下たちがモデルの小説がはやってるんですよ。人々が道を踏み外す前にお早く!」


 従者たちの勢いにのまれ、しばし無言になる。

 ルーベンは私を見て、無表情に何度目かのため息をついた。瞬間腕の中へ抱き上げられて、歓喜の悲鳴がそこかしこからあがる。


「午後も休む。お前たちは解散しろ」

「え、それってつまり」

「野暮な手助けはいらん。俺たちには俺たちのペースがあるから乱すな」

「ハハーッ!!」


 平伏する人々の波を破り、ルーベンは自室へと足を進めた。

 道中、耳に落とされた言葉に体が強張る。


「優しくするから、逃げるなよ」


 心の準備が出来ていない私は、この数分でどう回避するか必死に頭を悩ませるのだが、実際要らない心配であった。


 部屋で行われたのはただのボードゲームだったのだから気が抜ける。盛大にハンデをつけられ、優しくされたゲームに、寧ろプライドが傷つく。


 しかしじっと見つめられ、自分の浅慮を悟り、顔が熱い。情交ではなく、こうして場をごまかすことを私が望んだから、彼は意を汲んだのだ。

 言葉に出さずとも、彼はいつも嫌味なく望みを叶えてくれる。


 この胸の高鳴りは未だかつて経験したことがない。


 近い将来、私もルーベンが好きだと、彼に伝えるのだろう。

 そんな未来を描きながらゲーム盤へと思考を移した。

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