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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
一章 令嬢と侍女編
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8. 結婚式もどき

 婚約破棄の正式な通達が届いた。

 ダンスパーティーで婚約者殿に婚約破棄を言い渡され、その瞬間から元婚約者になったのだと思ったけれど、きちんと正式な手続きを踏まないと婚約は解消されないらしい。

 お相手の家から赤い封蝋を押された証書が届き、私が手ずから開けて差し上げた。

 中には何やら回りくどい文面と長ったらしい文量の証書が入っており、目が滑ったが内容は「婚約破棄」の四文字で事足りるものだった。


 一応両親と祖父母に今回の件を報告する。


「私の力が及ばず、このようなことになってしまい大変申し訳ありません」


 思ってもないのだが。

 形は大事だろうと形式ばかりの謝罪を述べた。両親も手紙に目を通し、そして私へ、横に並んでいるアルマへと視線を流した。


「いや、まあ。結婚は当事者同士の相性もあるから仕方がない」

「そうね。ええ、むしろこれで良かったのよ」

「どんな形でも私たちはドローレスの幸せを願っているからね、気を落とさないよう」

「ロラの良さがわからん男なぞ、こちらとて願い下げじゃ」

「寛大なる御心に感謝します。……良かったとはどういう意味でしょう?」


 お母様が「あらら?」と言って目を逸らした。お父様も不自然な笑みを浮かべてウンウン頷いている。

 なんだかまるで下手な芝居でも見ているかのようだ。初めからこうなることが分かっていたかのような……。


 横で嬉しそうに微笑むアルマを見て、肘で小さく小突く。アルマの形のいい耳に口を寄せて飲み込めない気持ちを囁いた。

 アルマの頬が一気に赤くなる。くすぐったいのかしら?


「何なのこれ。安い茶番劇見てる気分だわ」

「……う。……ちょっと離れて」


 やんわりと主人を押しのける侍女。

 こういうのって使用人がすること? なんかバカにされてる気がするのだけれど。

 アルマはコホンと咳払いをして私の正面に立つ。

 両親たちはオロオロするのをやめて、今度はどこかからクラッカーを取り出し準備し始めた。一体何が始まるのだ。呆れる眼差しに誰もかれもが目を背ける。

 アルマがそっと私の手をとる。


「ロラちゃん、じゃなかった。ドローレス様」

「……何よ」

「僕はずっとこの時を待ってました。貴女と僕との障害がなくなるこの時を」

「…………?」

「ずっとずっと、会った時から好きでした。僕と結婚してください!」


 ぎゅっとアルマが私の手を強く握り、祈るように彼女の額に押し当てる。

 クラッカーがこのタイミングで鳴った。

 パンパンパンと小気味いい連続音が部屋に鳴り響き、オーディオから結婚式の定番ソングが流れる。


「…………」

「ドローレス様?」


 呆気に取られる私の顎をアルマが掬う。


「承認いただけるのなら、僕に祝福のキスを」

「するわけないでしょ、バカじゃないの」


 顎をとるアルマの手を払う。鋭い音がして思い切り叩いたので自分の手も痛い。

 とんだ茶番劇に自分の心がどんどん冷えていくのが分かった。

 私だけ除け者にして家族みんなとアルマで茶番劇を仕込んでいたのだ。婚約破棄が正式に認められていないだけで、いつかこの封書が届くことがわかりきっていた。

 だから届いたこのタイミングで私を茶化す劇の構想を練っていたのだ。


 茶番どうこうよりも除け者にされたことが胸にくる。

 やはり私の家族にとってアルマの方が大事で、アイドルで、娘に近いのだ。


 あー、本気でグレるわよ。覚悟しろ。バカども。


 あわあわと慌てる家族たちに冷たい視線を送り、私は颯爽と部屋を出た。

 アルマが慌てて追いかけてくる。

 それを振り払うように「付いてこないで頂戴」と美しい笑顔を送ってやった。


「ちょっと待って、怒んないで、ロラちゃん」

「怒ってないわ」

「怒ってるでしょ。絶対怒ってる」

「いちいちうるさいわね。邪魔よ、どいて」


 進路を妨害するアルマを押しのけて私の部屋に入る。カバンを取り出して手当たり次第の服や金品を詰め込んだ。ちょっと足りないかもしれないけれど現地で調達する。

 着々と準備を進める私を見て、アルマが呆然と立ち尽くす。


「ちょ、ロラちゃん。何してんの」

「見てわかるでしょ。家出よ家出。ちょっと頭冷やしてくるわ」

「な、……え。なんで」

「さよなら」

「……そんなに僕との結婚が嫌だった?」


 アルマの脇を通り過ぎて部屋を出る直前、乱暴に腕を取られた。華奢なくせに意外と力が強い。っていうか侍女が主人に手をあげるってありなの?


 影が落ちるアルマの瞳は感情が読めない。

 ジリジリと足を詰められていつしか壁に縫いとめられてしまう。


「急にこんなことして悪かったとは思うよ」

「は、何? 今のってアルマが言い出したことなの? 趣味悪いわね」

「何とでも言えよ。だって仕方ないだろ。もう我慢出来ないんだから」


 いきなり口調が男っぽく変換されて気持ち悪い。服装は侍女のユニフォームで可愛らしく髪を結んでいるのに、天使の顔でガサツな言葉遣いがすこぶる似合わない。

 色々な意味で鳥肌が立って、今のアルマは生理的に無理だ。普段は抱かない嫌悪感がここに来て顔を出す。


「触らないで」


 今までアルマにこういった言葉を投げたことはない。言葉はきついが極力アルマの意思は受け入れてきた。

 けれど今は無理だ。


「…………ッ!」


 彼女は酷くショックを受けた顔をして私から手を離す。今にも泣き出しそうに歪んだ顔を一瞥して、私は部屋から出た。

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