13. 精鋭の空振り
アルマンド視点
次兄のことはドローレスに任せ、僕は地下街へと身を投げた。
得手不得手を考えたらこの分担が適当だろう。三バカもいるし、ドローレスの方は危険が少ない。
そう思っていたのに、途中暴れ馬のごとく女性たちが僕の目の前を通過した。その合間に従者の姿が見えた気がする。なんだか号泣していたような。
何かやらかしたな、と嫌な予感が駆け巡る。
本当に彼女は大人しくしていないし、予想がつかない。僕の正体を知って、暫くは慎ましく過ごしていたが、告白を境に関係が元に戻った。
喜ばしい反面、手綱を握るのが難しくなったことを意味する。
であれば、早くこちらを片付けないと。
貧困と不衛生が蔓延る地下街は、安易に足を踏み込んでいい場所ではない。虫の息の人間が転がっていようとも、誰も手を差し伸べず、寧ろその体から衣服を奪い取る。
略奪と殺戮が繰り返される無法地帯である。
転がる死体を跨いで、奥へと進む。
昨日通った時はこんなに汚れていなかった。おそらく、彼女が通ることを見越してあらかじめ掃除していたのだろう。
死体に躊躇せず先に進めるほど、こちらに染まってはいない。
光の見えない奥の方で、僅かに人の気配がした。見知った気配を感じ、その名を呼ぶ。
「カルメン」
「まあ、殿下。休んでなくて良かったの?」
「嫁が暴走してるんだよ。危ないとこは予め潰しとかないとね」
「さすがね」
暗がりから歩いてきたのはカルメンである。
僕らより少し前に庁舎を出た彼女は、僕と似たようなところを探している。であれば、カルメンも同じことを考えているのだ。
「この奥にアジトの一つがある。誰かいたか?」
「いいえ。死体は沢山あったけど」
「知った顔は」
「無いわね。ドローレスになんと伝えたらいいか、悩むわ」
「…………」
返事に窮するが、ドローレスもまた、その可能性を危惧している。言葉に出さなかったが、言葉に出さないからこそ考えていることがわかった。
「スアード」
避けていた名前を口に出すと、カルメンが徐に頷く。
「ええ、そうね」
「あんな小さい子が」
「紛れもなく、主犯よね」
そもそも登場からおかしかった。海賊船と交戦中、突然スアードがこちらの船に現れた。
奴隷の装いをしている彼女だが、実際の奴隷はああして自由に徘徊など出来ない。最下層で仰向けに並べられ、呼吸すら苦しい状態に詰められる。
最下層まで行くのに階層ごとに門番がいて、どこも正常に機能していた。あの見張りを子供がすり抜けるのは不可能。
「海賊船の長がスアードなら……」
「アリビア情勢だけど、実は最近まで落ち着いていたみたいなの。私たちが着いてから抗争が激しくなったと」
「頭領を奪還するため、僕たちに攻撃が集中したってことか」
「現に他に被害はないわ。歩くたび矢が降ってくるなんて、やっぱり異常だったのね」
飄々と言ってのけるカルメン。僕も同意見である。どうせ避けれるし、重要視していなかった。ドローレスに被害が及ぶまでは。
昨日、敵のアジトに捕まった時、盛大にリンチされた。そのリンチがドローレスに回ろうという時、誰かが声をかけ、男たちは動きを止めたのだ。あれはスアードだったのではないか。
スアードは普段全く喋らず、彼女の声は記憶にない。
スアードはドローレスにだけはよく懐いていた。感情の読めない無機質な瞳をしている一方で、ドローレスには僅かに熱を灯らせ後を追う。人恋しさからの行動だと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。
「それで、どうするの?」
「うーん。実は悩んでる。害があれば密かに消すつもりだったんだけど」
「主犯とはいえ、行動が一貫していないのよね。アジトの死体も、スアードによる同士討ちでしょう。子供の足跡は無数にあったけど、死体は大人ばかりだったわ」
「それは本当?」
頷くカルメンに僕の眉はよる。
女児が大人相手に刃を振るうなんて荒唐無稽な話だが、自分の身に置き換えればそこまで無理はない。僕がドローレスの実親に手を下したのも、ちょうどあのくらいの齢の時だ。
善悪も曖昧で、命の価値も不明瞭で、だからこそ純粋なまでに残虐になれる。
他のアジトを探りながら、二人の会話は続く。
「でも、ロラはスアードを信じてるっぽいんだよねー」
「あら純粋」
「僕も信じられてて。彼女は僕にスアードの保護を期待しているし」
「とりあえず、スアードに会って話を聞くのが一番でしょう。殺すのはその後でも」
「そうだね」
どんな事情があるにしろ、ドローレスに危害があるようなら女児であれ例外はない。僕の判断基準は常に一貫している。
ふと、スラム街の落書きが目に入り、一時足を止める。
アリビアデイジーが多様な彩りで描かれた落書き。固有種のその花は一年にほんの僅かな時期しか咲かず、国花の象徴となっている。
瞬間、彼らの紋様が僕の頭に舞い降りた。




