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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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11. 準備は万端

 ギシギシ。


 ゼンマイ仕掛けの玩具のように、アルマンドの動きが硬い。

 話しかけると、ドッと滝のような汗を流して目を逸らす。思った通り、彼はこちらから押すとめっぽう弱いのだ。

 アルマンドの記憶が鍵となり、あらゆる扉が解放される。忘却癖が嘘のよう。


 アルマとは違うと言いながら、全く違うわけではない。愛を語る時の瞳はいつも甘やかに揺れているが、一方で私の反応に怯えている。

 嫌わないでほしいと、臆病な色を滲ませて口説いてくるのだから本当にずるい。


 可愛くて、愛らしくて、守ってあげたくて、大好きで、気持ちが抑えられない。汚い過去を知っても尚、こんな私で良いと言うのなら、拒む理由などない。


 今度は私が貴方に愛を紡ぐわ。


 じっと背中に視線を向けると、彼の肩が強張る。

 収容部屋から出た私たちに向かってくる野盗はいない。幸い皆出かけているようで、拍子抜けするほどあっさりとアジトから帰還できた。


 庁舎へと戻ると、一同凄い勢いでこちらを振り返った。職員全員、何故かエントランスに集結し青い顔をして円卓を囲んでいる。ただ一人、カルメンだけは涼しい顔をしてコーヒーを啜っていたが。


「あら、早かったわね。おかえりなさい」


 アルマンドの負傷に触れず、カルメンが私に微笑みかける。

 暦を見るとあれから一日経過している。無断欠勤の上、始業時間を大きく過ぎているが、嫌味で言われているわけではないようだ。

 不思議に思ったが、アルマンドの手当てをすべく脇を通り過ぎる。彼は相変わらず体をギシギシ言わせていたが、一瞬円卓の上に目を走らせた。


 治療を終えてエントランスへ戻ると、カルメンが消えていた。仕事に行ったかと思ったが、そうではない。

 青い顔をした職員が私たちに声をかける。


「無事で良かった。君たちは帰ってこれたんだな」

「え?」

「昨日、声明文が届いたんだ。君たちを誘拐したと」


 背後でアルマンドが口笛を吹く。振り返ると、一転顔を赤くして動きを止めた。告白しただけでこうなのだから、私たちはこれ以上進まない気がする。


 同僚から文書を受け取り、確認すると内容はいたって簡潔であった。

『第三王子とその女を預かった。身柄の保証と交換のために金銭を用意しろ』という趣旨が、アリビアの言語で書かれている。教育が行き届いていないせいか、ところどころスペルや文法の誤りがあったが。


 先の野盗たちは私たちを拘束したのち、タリタン領事館に手紙を投げて寄越したのだ。しかしアルマンドが自力で帰って来たので、この手紙の意味がなくなる。

 カルメンが「早かったわね」と、言ったのはこういう意味だったのだ。他の職員と違い、彼女は全く心配する様子がなかった。アルマンドと一緒ならば問答無用で解決したのと同義だったのだろう。


 しかし気になる点が一点。なぜ野盗側にアルマンドの正体がバレているのか。タリタン職員が動揺を示したのは寧ろこっちのようだ。


 手紙は二通あり、もう一通に手を伸ばすと、職員が口を開く。


「同時刻に火炎瓶と共に二通、投げ込まれたんだ」

「そっちの方はカルメンが対応すると、今しがた出て行ったから安心するといい」

「君たちはまず休め」


 疑問に思いつつ手紙を開くと、思わぬ文字が目の中に飛び込んだ。


「……リカルド殿下も」


 同じ筆跡、同じ文面で、名前だけ差し替えられた手紙である。彼の方も王族という身分が明かされている。

 アリビアとシルヴェニスタは十年以上国交を絶っている。接点のない国同士、しかも浅学である野盗が知っている事実に違和感がある。


「私も、探してくるわ」

「……僕も行く」


 我ながらバカなことを言っているという自覚はある。つい先ほどまで捕まっていた、自分の力を過信した者がいう台詞ではない。

 けれど刹那、リカルドの顔が幼子のあの子にダブったのだ。泣き虫の彼ならば、きっと今泣いている。助けてあげないと、と無意識にそう思った。


「アルマンドは休んでていいわ。酷い怪我をしているし」

「これは見た目だけだよ。それより、さっきからロラは無鉄砲すぎる。もっと賢いと思ってたのに」

「あら、知らなかったの?」


 私は考えなしの感覚派。その無鉄砲を頭脳派のプリシアが補ってくれていた。今、彼女はいないので自分の力でやり切るしかない。


「君には少し、躾が必要なようだね」

「うふふ。貴方の口から飛び出すとは思えない台詞ね。でも大丈夫。今度はうまくやるから」

「何か考えが?」


 頷くと、彼は怪訝そうに眉を寄せた。しかし、先から私が触れていない話題に気づき、ため息をついた。おそらく考えていることが一緒なのだろう。

 アルマンドの顔が近づき、小さく耳を打たれる。


「そういうことなら別行動だ。僕はもう一つの方を、君は兄上を頼む」

「あら、休んでていいわよ。アンドレだけ貸してくれれば、なんとかなるわ」

「バカ言うな。早く解決しちゃいたいし。だって」


 そう言って、アルマンドは外の扉に手をかけた。職員たちが止めるも、笑顔ひとつで彼らを黙らせる。さすが天使。

 外に出ると、見計らったように弓矢が飛んで来たが、一瞬のうちに砕かれた。アルマンドは動いていないので彼の護衛たちの手腕だ。


 やはり気配が探れず、あたりを見回すと急に視界が塞がれる。

 やや強めに唇が押し当たり、キスをされているのだと遅れて気づいた。ムードも何もない。


「全部終わったら続きする。今度は絶対逃げないで」


 余裕のない瞳が燃え上がり、返答が遅れた。

 私から誘えば、真っ先に逃げそうなくせによく言う。そう答えるつもりだったが、彼が一生懸命握りしめている書類に気がついて更に言葉を失ったのだ。


 婚姻届。


 一枚だけでなく何十枚も束になり、もはや冊子化している。風にめくられて一時見えたが、その全てが記入済みだ。

 予備にしたって持ちすぎではないだろうか。


「ロラ以外のところは記入済みだ。事件が解決したら、すぐ書いて。そしたらシルヴェニスタに速達で送ってもらうから。挙式の日程を決めようね。君の着るドレスに目星はつけてある。招待客のリストも席次も賛美歌の選出も大体出来てるから。あ、指輪も持ってるんだ。手を出してくれるかな?」

「…………」


 怒涛の勢いでまくし立てるアルマンドに、私だけでなく従者たちも呆気にとられるのが気配でわかった。

 突っ込みどころが多すぎるが、まず一つ。

 国交を繋いでいないアルビアからシルヴェニスタへは船が出ていない。他国への定期船も月に数便しか出ていないのに、「速達」と言った意味を考え、従者たちに悪寒が走ったのだ。


 つまり、泳いで渡れ、と。


 純粋なる天使の笑顔で無慈悲なことを言ってのけるアルマンド。

 そのための予備なのだ。万が一、破損しても大量の予備があれば大丈夫だと。


「あ、ロラのところは複写式だから。一回書けば大丈夫だからね」


 と、優しく笑う。その優しさを少しは従者たちにも分けて欲しいと、柄にもなくそう思った。

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