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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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7. ポジティブアルマンド

 硬い床の感触に覚醒を促される。


 起き上がろうにも、両手両足を縛られ自由がきかない。暗い室内の中央で蝋燭の火が揺れた。石畳にこびり付いた蝋燭や、食器の残骸がやけに不衛生に見える。

 タリタンの地下牢だってここまで汚れてはいなかった。


 なぜここに、と直前の記憶を掘り起こす。


 領事館からスアードが消えて、彼女を探しに町に出たのだ。そして小路でスアードを見つけて、それから。

 頭が痛い。殴られた痛みではなく、薬品によって齎される不快感が脳内に染みる。考えていると、同じ部屋の中で誰かが動いた。

 光源が蝋燭一本だけなので向こう側がよく見えない。暗がりの中で黒い影が起き上がる。


「スアード?」

「ロラ?」


 ほぼ同時に発せられた言葉に愕然とする。なぜ彼がここに。

 言葉にならず押し黙ると、掠れたアルマンドの声が私の無事を確認した。


「大丈夫? 怪我はない?」

「私は大丈夫よ。それよりどうして貴方がここに」


 心臓の音が煩いくらいに響いた。アルマンドの重荷にならないよう離れたはずだったが、これはまさか。やはり離れたのは悪手だったか。


「勿論君を追って。ああでも、誤解しないで。君の言いたいことはわかってるから」

「誤解?」

「僕がロラと離れたくなかった、僕の選択だ。ロラのせいじゃない」

「どういう意味かしら」

「僕の重荷になるとか、考えなくていいってこと。一人で結論を出さなくていい。二人のことは一緒に考えようって、前に言ってくれたでしょ」

「それは、もう昔の話で」


 言い終える前に乱暴に扉が開いた。

 外から灯りが広がり、私は再度言葉を失う。暗がりで見えなかったアルマンドの姿が露わになったのだ。目を背けたくなるような惨状に唇が震える。


「あ、……あ、ああ」


 酷い状態のアルマンドに男たちが群がった。鉄芯の入った靴底がアルマンドへ落とされる。棍棒が頭の上で持ち上がり、罵声が飛び交った。

 彼らは野盗の一派である。アルマンドに仲間をやられたその報復であった。

 彼らの足の間でアルマンドの姿が変わってゆく。蜂蜜色の瞳が私を見て優しく微笑んだ。


「やめてやめてやめてやめてやめて!!!」


 絶叫だった。男たちの罵声に負けないくらいの甲高い声が自分のものだと認識するまで随分時間がかかった。


「お願い、やめてッ! その子じゃなくて私を好きにしていいから! なんでもするからその子に酷いことしないでッ」


 嗚咽も混じった言葉はうまく発音ができない。溢れ出る涙が床を濡らす。

 必死の懇願が通じたのか、男たちが私の方に向かってきた。何かを言っているが、自分の呼吸音が耳に煩く聞き取れない。

 男が私のボタンに手をかけようとした時、部屋の外から誰かの声が聞こえた。

 その声に反応するように動きを止め、どういうわけか外へと出て行ってしまった。

 部屋に残るのは苦しげな呼吸音のみ。アルマンドの呼吸音なのか、私のなのかわからない。


「あ、あ、アルマ……」

「…………」

「アルマ、お願い。……返事をして」


 返事もできないくらいに暴行を加えられたのだ。止まらない涙に発声が覚束ない。けれど。


「僕の名前はアルマじゃない」

「え」

「ちゃんと呼んでくれなきゃ、返事はしない」

「……え」

「ロラ、あれから全然僕の名前呼んでくれないし。それってわざとなの?」

「ええ?」


 意外にもきっぱりと言われて呆気にとられる。かなり酷い惨状であるのに、彼の声色は普段と変わらない。呼吸の早さも一定で、暗闇の中で彼は無事なのだと錯覚してしまうほどだ。


「貴方、だって、すごい怪我を」

「こんなの怪我のうちに入らない。鍛えてるからね」

「でも」

「それより名前。僕の名前はアルマンドだ。守ってもらってばかりのアルマじゃない。……あ」


 ちょっと怒った調子で言ったアルマは、何かに気づいて口笛を吹いた。

 黒い影が立ち上がり、私の元へ歩いてくる。


「ラッキー。さっきの暴行のおかげで足の縄が切れた」


 後ろ手に縛られた両手を前に回し、私の体を起こす。縄を解くと見せかけて、彼は私の手を掴んで引き寄せた。


「……ッ?!」

「……ん」


 引かれた先で彼の唇が合わさる。久しい感覚に肌が痺れ、顔が火照る。暗くて良かったと思うくらい、隠し切れない動揺が走った。


「アルマ……ッ」

「……うん、可愛い」


 密着している分心拍音が筒抜けだ。けれどそれは私だけでなくアルマンドの方も相当早い。殴られている当初よりも呼吸が早いのではないかと思うほどに。

 ひとしきりキスを楽しんだアルマンドはようやく私から顔を離す。赤く腫れ上がった顔は痛々しいが、その顔は喜びに満ち溢れている。


「血の味、した?」

「え? ……ええ」

「これ、僕のチェックリスト13959番目ね。血の盟約って言うんだよ。王族の血を取り入れたロラは僕と結婚せざる得ないってね」

「貴方、この後に及んで……」

「もういい加減触りたかったし。むしろずっと我慢して、偉かったでしょ?」


 本当に彼はブレない。


 アルマの時とは異なるかもしれないが、アルマンドは裏も表もまっすぐな性根なのだ。その天使のような汚れない純粋さはどちらも共通し、愛らしい。

 洗練され、美しく、可愛らしいアルマンドに対して、自分の存在が汚点として際立つ。


 今まで誰にも話していない私の懺悔。許してほしいなんて、都合のいいことは望んでいない。


 蜂蜜色の瞳に魅入られて、私の口から汚い過去が溢れた。

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