6. 依存と葛藤
スアードがいなくなった。
先日外に連れ出してからなんだか様子が変だったのだ。
もともと言葉の少ない彼女は更に喋らなくなり、上の空になることが多かった。悩みでもあるのか、欲しいものはあるのか。聞いてみるも、ただ私の顔を見るばかりでその口を開くことはなく。
そして今朝。私の部屋に隣接するスアードを起こしに行くと、寝台に彼女の姿がない。彼女は極端に人に怯え、私やアルマンドのそばを離れることを嫌う。ずっと一緒に行動していたため、一人でどこかに行くことは考えづらい。
「ロラ?」
館内を歩いていたらアルマンドと会う。私の青い顔を見て怪訝そうに眉を寄せた。
「どうかしたの?」
「スアードを見ていないかしら? 寝台にいなくて」
「お手洗いじゃないの?」
「いなかったわ。それにカバンもないの。まさかと思って」
「町に出たってこと? 護衛もなしじゃさすがに危ないよ」
「そうよね。ちょっと探してくるわ」
フードを被って門扉に手をかけるとアルマンドが慌てる。
「ちょっとちょっと、なに当たり前のようにロラが探しに行こうとしてんの。今の話聞いてた?」
「私だって自衛できるわ。スアードを見つけて、何かあったら走って逃げればいいだけ。それだけよ」
「ロラって、時々すっごいバカだよね」
何となくそう言われる気がしたが振り返らず扉を開けた。彼に別れ話をしてから、極力接点を避け続けてきたのだ。都合よく「手伝って欲しい」なんて言えない。
そんな私の葛藤を感じ取ったのか、アルマンドは呆れたようにため息をついた。
「一つ貸しだからね。素直に人に頼めない意地っ張りなロラチャン」
「……う」
「ほら、行くよ。早く僕らの子供を探そう」
「……子供」
私はスアードのママになることを誓ったが、アルマンドはそれを知らない。いつも冗談交じりに家族ごっこを楽しんでいるだけだ。
けれど当然のように「子供」と言われて胸が熱くなった。スアードと出会っていつのまにかアルマンドにもそんな意識が芽生えたのだろうか。
陽は昇ったが町は常に人の姿が少ない。下手に出歩いてトラブルに巻き込まれないよう、人々は家の中で息を潜めている。
アルマンドは道の真ん中を悠然と歩きながらもスアードの痕跡を探していた。私も彼の邪魔にならないよう小路を探すがどこもひっそりと静かだ。
強めに握られた手が熱く、けれどじんわり安心感を与えてくれる。甘えたくないのに。
「スアードはこの町の子だったみたいだね」
「そうなの?」
「この前一緒に出掛けた時、歩みに迷いがなかった。町の立地を知ってたんだ」
「それじゃあ……」
本当にスアードは町に出たのだろうか。
両親の元に帰るため鞄ひとつ持って。
あのくらいの齢なら、自分の身に何が起こったのか理解出来なくても無理はない。売られることの絶望感を知るには、彼女はまだ幼すぎる。
無事に両親の元にたどり着けたとして、その先の幸福が描けない。また食い扶持が増えたと、再度奴隷商に売られるだけだろう。
そんな悲しい思いを何度もさせたくはない。
「ロラ」
アルマンドが不意に私を呼ぶ。と同時に私の頭上を何かが掠め、彼がナイフでそれを弾く。
「ロラを狙うとか、殺されたいのかな」
弾かれたそれは民家へ刺さって揺れた。殺傷能力の高いボーガンの矢であることを確認し血の気が引く。
私に当たったら、というよりスアードに当たったら。そしてアルマンドに当たったら。
私はただでさえ目立つのだ。フードを被って装いを隠しても、無駄に派手な髪色が異質に浮き上がる。
私がいては足手まといになる。逆にアルマンドが危ない。
そう思った瞬間、足が勝手に動き出していた。この選択はない、この選択はおかしいと思いながらも、逃げ出さずにはいられない。
背後から驚いた声が聞こえた。
「え?! ロラ、どこにッ」
「やっぱり別々に探しましょ。スアードを早く見つけなきゃ」
「僕から離れないで。……てか、早ッ!」
走るのには自信がある。私とアルマンド双方に何らかの攻撃が飛んできたが、私は走って避けることができた。アルマンドの方は優れた動体視力で難なく弾いてみせる。
しかし飛び道具を合図に、アルマンドの方に野盗が集中してしまう。心配し一時振り返るが、小さな舌打ちを共に、野盗が倒れてゆく。
倒れ伏した人の真ん中で彼が私を呼ぶが、無事を確認して私は小路の中に飛び込んだ。大通りと違って、小路は一本の道で出来ていない。
幾層もの階層に連なった石畳の階段へと身を投げる。アリビアに来てから動きやすい靴に変えた。三階分くらいならばギリギリいける。
いや、いけなかった。
石に叩きつけられ、痺れる足。下から順にじくじくと熱い痛みが上ってきて内心泣いた。しかしこんなところで蹲っていたらアルマンドに捕まる。
彼のお荷物にはなりたくない。
泣きたい気持ちをグッとこらえ、必死に痛む足を叱咤し暗い小路の奥へと進んでいく。
しばらく歩いていたら、すすり泣く子供の声が聞こえた。
聞き覚えがある声に私の意識は一点に絞られる。
およそ、人が住むような場所でない、劣悪な環境下。ゴミに溢れた小路の一角でスアードが泣いている。
ほーらね。私、迷子を探すのは得意なの。
見たところ怪我を負った様子はなく、ホッとしてスアードの方へ歩み寄る。
その瞬間、私の意識は遠のいた。




