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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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5. 場違いなデート

 アリビア公国については、報告書で事前知識を得ていた。


 公国の旗を掲げている公主へ挨拶をしている最中も、爆撃や発砲音が絶えない。壁が削られ、門が軋み、対抗する警務官が催涙弾を撒く。

 あまりの無法地帯にリカルドの顔が引きつったほどだ。


 しかしそんな危険地帯だというのに常識外れが一人。

 悠々と街の中を歩き回り、言語もままならないはずなのに容易く情報収集をやってのける強者がいた。


 公国に着いて約一ヶ月が経ち、バリケードが貼られた領事館の中で彼はニコニコと私に告げた。

 因みに外交官たちは比較的安全な領事館を区割りして寝泊りしている。市中に飛び出すのは自殺と同義だ。


「じゃん! 国民に聞いたお勧めデートコースだよッ」


 アルマンドが差し出した紙を見て頭が痛んだ。情報収集って、まさかのデートプラン。

 同席していたカルメンは一瞥して赤く添削をする。


「ファルフ亭が入ってないわ。地酒が格別だし、何より店主の人柄が良かったわ」


 耳を疑う。ということはカルメンも外に出たのか。常識外れがもう一人いた。

 カルメンの添削を見てアルマンドが眉を寄せて首を振る。


「あ、ダメここ。最近兄上が出入りし始めちゃったんだ。入国一週間で町中の女性を手中に収めて飲み歩いてるからね」

「あらそうなの。リカルドもやるわね」

「…………」


 絶句である。

 私以外の全員、すでに国民とコンタクトを取っていた。ずっとデスクワークに追われ、どうやったら危険なく交流を持てるか考えていたのに。

 私って自分が思っている以上に無能なのでは。


「というわけで、デートしよ。明日公休だよね」

「う、……でも」

「行って来なさいよ。ずっと外に出たがってたじゃない。アルマンドと一緒なら危険じゃないわ」

「うう……」


 カルメンの言うことは本当だ。アリビアについて知りたいことは山ほどあり、ずっと目で見て確かめたかった。書類の上だけじゃない、本当の人々の暮らしを。

 完璧なまでにお膳立てされた状況に、私はただ黙って頷くしかなかった。



 そして翌日。案の定アルマンドの目が地面に落ちた。

 私の隣にスアードがいるためである。アルマンドと二人きりになると、嫌が応にも甘い雰囲気に持っていかれそうで怖い。

 スアードには悪いが緩衝材として同行をお願いした。彼女もずっと領事館の中では退屈だろうし、そもそも元は国民である。いい息抜きになるだろう。


 意図を察したアルマンドは唇を噛んだ後、めげずに私の手を握る。一拍何かを考えて天使のような笑顔を浮かべた。


「これはこれでいい。恋人って言うより家族感あるし。……やば、幸せになってきた」

「どういう思考回路しているのかしら。脳に欠陥でもあるの?」

「え? 血管はあるよ?」


 渾身の嫌味だったが、一瞬で天使のキョトン顔に潰された。首を傾げる愛らしさに頬が緩みそうになり必死で引き締める。

 あーもー、ほんっと可愛い! 堪えきれず脳内で壁を殴った。一通りボコボコにして気を沈めたところでアルマンドに向きなおる。


「スアードの服が欲しいのよね。でも服飾品屋なんてあるのかしら」

「勿論あるよ。こっち」


 手を引かれると同時に、アルマンドが空いてる片方の手を空に翳した。即座に握った拳を、斜め四十五度の放射を描いて投げ返す。どこかで呻き声が聞こえた。

「な、なに?」と、私とスアードは目を瞠ったが彼は笑うだけであった。


 裏小路を抜け、地下通路を通り、民家のような土間を抜け、幾重も隠されたブティックへとたどり着く。ブティックのオーナーは既にアルマンドと面識を持っており、笑顔で私たちを迎えてくれた。

 スアードの採寸をお願いし、その合間に私たちは店内を見て回る。色とりどりの衣装が見ていて楽しい。薄い風通しの良いアリビア綿に細かな刺繍が施されている。


「ロラ」

「うん?」


 そっと腰に寸尺が周り、アルマンドが微笑む。


「ロラも作ってみたら? こっちの服を着ていた方が目立たずに済むと思うよ」

「確かにそうね」

「オーナーはスアード相手で忙しいから僕が測るね。もう少し影の方に行こう」

「それには及ばないわ」


 アルマンドの考えていることがわかって、巻尺を奪い取る。自意識過剰かもしれないが、のこのこついて行って変なことをされたら堪らない。何より彼の赤い頬が色々と物語っている。


「前にコーネリアに測ってもらったもの。寸法は覚えているわ」

「そ、それ、ちょっと前じゃん。ロラ、すぐ体型変わるしちゃんと測んないと」

「失礼ね。多分そんなに太ってないわよ」

「そう言う意味じゃなくて」


 言い合いをしていたら採寸が終わったスアードたちが戻ってきた。採寸どころか、既に綺麗に仕立てた服を着ている。オーナーが私を見て、目視でサイズを言い当てたので、驚いた。すぐに私の分も仕立ててくれ、あまりの有能さに私とアルマンドは揃って声を失った。


 ブティックを出た後はアイスクリームを食べたり、ラクダを借りて近場のオアシスに行ったり、お弁当を広げたり、通りかかった遊牧民とチーズを作ったり、夜は町民たちと賭け事に興じたり、いつの間にか彼らの生活に触れることが出来ていた。

 道中何かとアルマンドは細やかに動いていたが、私の見えないところで害のないよう立ち回ってくれていたのだろう。本人は涼しい顔をしてニコニコと笑っていたが。


 助けられてばかりで不甲斐なさを感じるが、それと同時に蓋をした感情がどんどん隙間から溢れてくる。


 知らないふりをするのも限界かもしれない。私とアルマンドとではとても釣り合わないのに。

 この感情の荒波が収まるのを、ただただ祈るばかりだ。

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