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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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3. 戦士の本領発揮

 まだ日の昇らない時分、部屋の扉がノックされる。


 先ほどまで勉強していたためまだベッドに入ったばかりだ。

 こんな非常識な時間に訪れるのは彼しかいない。渋々扉を開けると、案の定扉の向こうに立っているのはアルマンドだ。


「あ、不用心」

「ノックの仕方でわかるわよ。貴方だって」

「さすがだね。じゃあ早速だけど付き合って」

「まだ寝てないの。朝になったら話を聞くわ」

「なら僕も一緒にベッドに入っていいかな」


 顔を引き攣らせ、渋々部屋の外に出る。

 話を無視してベッドに戻ろうものなら、本気で先の言葉を実行されそう。今のアルマンドとベッドを共にするのは大変抵抗がある。可愛さは健在なのに何故かしら。

 当たり前のように手を握られ胸が音を立てた。


「どこに行くの?」

「人のいなそうなとこー」

「なんなの、それ」


 皆が寝静まる船内はひっそりと静かだ。声をひそめてアルマンドに話しかけるが、楽しそうに笑うだけだ。

 客室の廊下を歩いていたらカルメンと会う。既に身支度を整え、小脇に本を抱えていた。私は夜型だが、彼女は朝に勉強するらしい。


「ドローレス、ちょうどよかったわ」

「早いのね。どうしたの?」

「私も迎えに行くところだった。アルマンドの方が早かったわね」

「?」


 首を傾げるとアルマンドが「人の気配がするから」と、燃料庫の扉を開けて私の肩を押した。

 燃料庫というと通常蒸し暑く、炭の匂いが絶えないのだが過ごしやすい空調に整えられている。ラベンダーの香りが鼻をくすぐり、タリタン織の絨毯の上に柔らかなクッション、南国フルーツ、トロピカルジュースが置かれていた。

 カルメンが変に感心している。「さすが」と。


「じゃ、ロラは僕が良いって言うまでここで過ごしてね」

「どういうこと?」

「私からは本を。暇潰しにどうぞ。一時間もあれば全部終わるわ」


 二人が何を言っているかわからず、呆気に取られる。カルメンの本は自分のためじゃなかったのか。カルメンもアルマンドも互いに目を見合わせ、私ばかりが置いてけぼりだ。

 説明を求めるため、クッションから立ち上がると。


 刹那、客室の方から悲鳴が上がった。爆音が上がり船体が揺れる。さっとアルマンドが肩を抱いたので転ぶことはなかったが。

 ガラスが割れる音がして、家具が倒れる。怒号と発砲音が耳に届き、喉の奥が震える。けれどアルマンドは涼やかに髪をかきあげ、私の頭を撫でた。


「大丈夫だよ」

「な、何が起こってるの?」

「多分海賊じゃないかしら? ガリオン船規模のエンジン音がするから五百人くらいいるわね。脳筋共なんて何人いても所詮烏合の衆だけど」

「ロラだけとりあえず避難してて。僕らはちょっと片付けてくるから」

「私一人だけ安全地帯にはいられないわ。避難誘導は任せて」


 部屋を出ようとすると、揃ってため息をつかれる。


「冗談。ドローレスはステイ。人には適材適所があるのよ」

「でもせめてリカルド殿下は保護しなくては」

「あー」


 アルマンドの目が下がる。


「アレはああ見えて大丈夫。女の事しか考えてない脳みそミジンコ男だと思ってるだろうけど、時と場合と空気を読むのが得意だ。大人しく捕虜でもなんでもやる。でもロラは」


 みなまで言わずに二人は部屋を出て行く。

 省略された言葉に心当たりがあって唇を噛んだ。おそらく私ならば、自分の力量を考えず無策な正義感にかられ、事態を悪化させるのだろう。この船で私ばかりが勝手な真似をしそうだと、言外に言われてしまったのだ。

 であれば言われた通り、ことが収まるまで待機していた方が得策か。心情的には非常にもどかしく不甲斐ないが。


 程なくして船内から戦闘の音が消える。

 二人とも恐ろしいスピードで敵を斃しているのだ。いや、二人だけではなく従者も共闘しているのだろうが。


 噂には聞いていたが、カルメンの戦闘力はずば抜けている。頭でっかちな見た目に反して、彼女は戦略と戦闘を同時進行でこなすハイブリット戦士である。

 アルマンドは言わずもがな。第三王子はその才を認められて暗部を統括する役回りを担ってしまった。その一端に責任を感じ胸が苦しい。


「…………」


 不意に廊下の方で物音が聞こえ、扉に耳を寄せる。子供のすすり泣きが耳に届き、そっと扉を開けると船尾側から年端もいかない女児が歩いてきていた。

 全身傷と垢にまみれ、両手両足が鎖に繋がれている。

 痛々しい姿を目の当たりにし、思わず駆け寄って抱き上げる。まだ敵の残党がいる可能性も考え、急いで燃料室に戻り鍵をかけた。


 女児は突然さらわれた事態に驚き、目を丸くする。やせ細った肩に震えが走り、私は慌てて近くのフルーツを子供に差し出した。

 私の見た目はただでさえ怖いのだ。こんな幼子を怯えさせてはならないと、若干必死である。


「もう大丈夫よ。言葉はわかるかしら?」

「…………」


 女児はアリビア公国の子供である。耳の後ろに家紋が彫られているのが見えた。

 古くからの慣習で赤子の時に処置されるのだ。しかし公国は衛生面が未発達のためその処置が原因で死亡する赤子も絶えない。

 こんな慣習早くやめさせたい。


「マ、マ……」


 ポツリと子供が涙と共に言葉を漏らす。その一言に胸がぎゅっと苦しい。繋がれた鎖には奴隷の証が刻まれていた。貧困に喘ぐ国民が口減らしに我が子を売るのは珍しくない。

 売るのは奴隷商に限らず、反社会勢力も商売相手として成立している。ということは女児は今戦闘中の海賊船から逃げてきたことになる。どうりで新しい傷が多いわけだ。


 女児の頭を撫でて、できる限り優しい声色で話しかける。


「心配しないで。私が貴女を守るわ」

「?」

「私がママになるから。ドローレスよ。貴女の名前は?」

「!」


 女児が息を飲む。愛と食に飢えた瞳は、私を数秒注視すると、耐えかねたように顔を伏せた。


「……スアード」

「スアード。幸運って意味ね。素敵」

「!」


 笑うと、スアードは静かに涙を流した。

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