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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
四章 アリビア編
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2. 釣りびと万歳

 長閑な航海はしばらく続き、各々好きな方法で暇を潰した。


 私とカルメンは勉強漬け、リカルドは船内の女性たちとハーレムを築き、アルマンドは船員に混じって剣闘士ごっこをして遊んでいた。

 大きな船舶は娯楽施設に富んでおり、意外にもあまり顔を合わせることがない。カルメンとは度々お茶をしたり、アリビア紛争について語ったりあったりしたが。

 意図して避けられている気がするがそれはそれで好都合である。今はあまりアルマンドのことを考えたくない。


 と、思っていたが。

 ヘラヘラと彼は私の前に現れた。その手には釣竿が握られている。


「いい天気だね。そうだ、一緒に海釣りしよー」

「結構よ。いつものように剣技を競ってきたら?」

「あれはもういい。ロラにしつこいって言われて反省してさ。ちょっと距離を置いて悔い改めたのです。心頭滅却し煩悩を捨て、改めてお誘いに伺いました」

「悪いけど、勉強したいから」


「あ、私やってみたいわ」


 偶然通りかかったカルメンが私の後ろから顔を出す。「一本貸してくれる?」と、アルマンドから竿を受け取り、私の肩を押した。


「偶には気分転換も必要よ。ドローレスも一緒にやりましょ」

「まあ、カルメンとなら」

「なにそれ、僕が誘ったのに」

「じゃあ王子も一緒にどうぞ」


 カルメンがアルマンドに手招きし、不服そうな顔をして彼は後ろに続く。

 甲板は既に朝釣りの旅客で賑わっており、スペースを見つけて釣り場を陣取った。段取りよく釣り道具を準備していくアルマンドとカルメン。彼らに促され座ると、釣竿が渡される。


「今運航している海域には珍魚が回遊しているのよ。比較的浅いところを生息地にしてるから釣れたらいいわね」

「カルメンは釣りが好きなのね」

「タリタン国民で嫌いな人はいないわ。考え事をするにはぴったりだし」

「なるほど」


 カルメンは見た目貴族然としており、アウトドアなイメージが浮かばない。

 話していると、私の隣に座ったアルマンドがいじけたように口を尖らせた。「危ないから」と、竿の先の針を掴む。片手には活きのいいワームが握られていた。


「殿下、釣り餌くらい自分でつけれますわ」

「女性には抵抗ある釣り餌だし。僕がつける」

「生活力で言えば私の方が適任です。殿下は釣竿だけ握っていてくださいませ」

「やだ。っていうか名前で呼んで。殿下呼びだと、聞こえが悪い」


 言われて確かにと思った。リカルドも身分を隠している。王族こんなところにいると知れたら、いらないトラブルに巻き込まれかねない。カルメンは元より承知していたようで驚きはなかったが。

 アルマンド、と呼ぼうとして口の中が乾く。とんでもなく不敬に感じられるためだろうか。

 眉を寄せた私にアルマンドが笑う。


「僕の気持ち、ちょっとわかった?」

「?」

「ロラって呼ぶの、沢山練習したんだよ。呼び名変えるのって結構照れるよね」

「…………」

「ついでに敬語もやめてね。他人行儀を装って距離を測ってはダメだよ」


 顔に出ていただろうか。私の考えていることが筒抜けのような。

 私が抱いた違和感はカルメンも感じたらしい。いらぬ一言を述べたので即座に否定しなくてはならなかった。


「なんだか、二人とも夫婦みたいね。噛み合ってないけど通じ合ってる感じ」

「違うわ」「えへ、そう思うよね」


 ほぼ同時に言った言葉にアルマンドと顔を見合わせる。近距離で視線がぶつかり、彼の頬に赤みが登った。船の揺れに合わせたように、アルマンドの顔が近づき押し返す。


「私たち別れたの。そうでしょ」

「ロラがそう言っているだけで、僕は了承していない」

「浮気の件忘れたの?」

「あんな猿芝居で騙されるとでも思った? ロラの思惑には乗らない」

「何を言っているのかわからないわ」

「あの口紅はプリシアのだよ。君の指示でしょ」

「え」


 畳み掛けるように、けれど海風のように爽やかに彼は言う。なんの恨みもなく、ただ世間話と同等の話題として述べて、アルマンドは海面へと目を向けた。


「ロラ、引いてるよ」

「あ」


 釣竿がしなり、穂先がブルブルと震える。カルメンも同時にヒットし、釣竿を持ち上げたので、私も慌てて糸をまく。アルマンドは私の後ろに回ると、背後から私の釣竿を握った。抱き込まれるような形になり心臓が音を立てる。


「ちょっと待って。急に引いたら糸が切れる」

「わかってるわ。自分で出来るから離れて」

「いや、見てて思ったけどロラは素人だね。もっと魚の動きに合わせないと」


 隣でカルメンがため息をつく。彼女の手には一メートル越えの大魚がおり目を疑った。いつの間に。


「確かにドローレスには無理だから手伝ってもらいなさい」

「こ、小魚かもしれないし」

「引きの強さでわかるでしょ。ロラは僕の言うことを聞いて」


 アルマからは言われたことのない台詞に動揺する。アルマンドはアルマだけれどアルマではないのだ。釣果を期待する楽しげな笑いが耳にかかりくすぐったい。

 心音を整えるべく、呼吸を吐くが何故か苦しい。呼吸の仕方すら忘れてしまったような。

 数分、魚との格闘が続き海面に浮かんだその影に歓声が上がる。他の釣り人もいつしか私たちに注目していたようだ。


 巨体が甲板へと釣り上げられ、やっと肩の力を抜く。長時間、魚相手かアルマンド相手かわからない戦いに晒されてどっと疲れた。

 彼の腕の中を抜け出そうとすると、風で浚うようにキスが合わさる。


「…………ッ!」

「またジンクスに肖ってみました」


 狼狽えるあまり後退すると、後ろのカルメンにぶつかる。「執念ね」と彼女は感慨深げに頷いた。

 彼女いわく、私たちが釣り上げた桜色の大魚は、その色の美しさから『ラバーズ』と呼ばれ恋愛成就のジンクスがあるらしい。そしてカルメンの狙っていた珍魚でもあり、一年に一度見れるかどうかなんだそうだ。


「こんな奇跡が起これば、きっと虚構じゃないわ。堂々と結婚なさい」

「もちろん」


 カルメンのお墨付きをもらったアルマンドは誇らしげに微笑んだ。

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