20. 出立式
異例の海外赴任。
一年も立っていないのに、功績が認められ早々に本省から巣立つことになった。
私の両サイドに立つのはカルメンとリカルド。
不思議なメンツに、「なんかテコ入れでもしたな」と、ライネリオを見ると彼はしたり顔で口角を上げた。
簡単な出立式が催され、パラパラと拍手が鳴る。それもそのはず、驚くほど人がいない。昨今の犯罪が芋づる式に明るみに出て、逮捕者が続出したためである。
外務省上層部にぽっかり空いた大きな穴に、普通ならば醜聞がたってもおかしくないのだが、省内は極めて平常運転だ。
外交訪問は日常的に私とカルメンが行なっており、対外的に変化はない。また今までも人知れずライネリオが大部分の仕事をこなしていた。そこにあぐらをかいた職員は時間を持て余し悪事に手を染めたという。本当に馬鹿げた話だ。
ライネリオが祝いの言葉を告げる。
「気をつけて行ってこいよ。向こうは紛争地域、こことは比べもんになんねえぐらい危険だぞ」
「承知しておりますわ。私が望んだのですから」
「物好きだな。向こうに行ったら二人の傍を離れんなよ。危険に首を突っ込むなよ」
「わかってますわ」
「武器は持ったか? 相手が子供でも油断すんなよ。こっちの常識は通じねえぞ」
「いい加減うざいですわ」
私ばかりが問題児だと、淡々と注意を受ける構図。激励の言葉でもなんでもない理屈が馬鹿みたいに耳に刺さる。
もういいかしら? と、目を上げると彼の眉間にシワがよる。何かを言いかけて閉じた。
「あー、もういい。さっさと行け。長居されると親父が煩え」
「お父様のご回復、ほっといたしましたわ。卿が何か?」
「お前を嫁にもらえと。……あー、あー、睨むな。親父が言ってるだけだから。つーか、お前、もっと頑張れ」
後半は私ではなく、隣のリカルドに言っている。
何のことだと思っていると、カルメンが「虚構野郎ばっかり」と、ため息をついた。
船に乗り込み、甲板から全身に潮風を浴びる。向こうに着いたらしばらく潮の香りと無縁になるため少し寂しい。
手を振る外務省の人々に私たちも振り返し、あっけなく別れの儀式は幕を閉じた。
赴任先はタリタンからかなり離れた、内陸僻地のアリビア公国である。公国と言っても、実情多様の民族に分断されており、全政権を握れているわけではない。
また、水源が極端に少なく雨期も短く、目立った産業もなく、民は常に貧困に喘いでいる。
タリタンは幾らかの援助支援金を出しているが、どの程度活用されているのか。現状を見てみないとなんとも言えない。
「ロリータ」
ふと、隣の手すりにリカルドがやってきた。周りに女性の姿がないため仕方なく私の元にやってきたのだと思われる。
女と話していないと死んでしまう病か。かわいそー。
心の内を奥底にしまって、にっこりと彼に笑いかける。そう言えば、リカルドは結構な懸念材料であった。
声を落として返答する。
「どうしました、リカルド殿下?」
「君はどうしてアリビアへ? ライネリオも言っていたけどかなり危ない地域なんだよ」
「私より、殿下こそ何故です? 身分を偽っているとは言え王子という高貴な身分の方が赴かれる場所ではございませんよ」
「それは君と、……いや、視察だ。他国の実情を知り、自国の国政に生かすべく」
「なるほど」
確かにシルヴェニスタはアリビアと国交を断絶しているため直行ができない。
女の事しか考えていないと思っていたが、ちゃんと国を思う向上心があったわけだ。であれば、きちんとお守りせねば。
私とカルメンが選ばれた理由の一つはこれだろう。二人ともそこそこに自衛でき、カルメンに至っては軍事学校上がりのため護衛や諜報も得意とする。
カルメンばかりに頼らず、私もそれなりの働きを見せねばな、と遠く広がる海原を見る。
「ロリータ」
「はい」
トンと、肩がぶつかり隣を見上げる。
「君は、その」
「はい」
「えっと」
「?」
おかしな間に凝視をすると、彼の顔が瞬く間に赤く染まる。別に取って食いやしないのに。この間怠っこしい言い方はアルマンドに似ている。
意を決したリカルドはゆっくりと口を開いた。
「君は、兄上と結婚するつもりなのか?」
「はい?」
「そのつもりなら、急ぎでうちの国も法改正しなくてはならないから」
「?」
「女性側も重婚できた方がいいだろう? 今まで不平等だったし、これを機に」
「何の話でしょう」
「……う」
脈絡のない話に首を傾げる。私は重婚制度については反対派だ。文化によって異なるだろうが、成熟した社会ではトラブルの種になるだけだから。
それはそうと、一つ誤解を解いておかなければ。先日ルーベンに手紙を出し、私たちの関係をはっきりさせたところである。「あの場限りだと言っただろう?」と、一文だけの手紙が昨日届いた。
「訂正させて頂きますが、私とルーベン殿下は何の関係もございませんわ」
「……え? いや、しかし王宮で」
「ちょっとした取引があっただけですの。下賤の身の上で王族と縁を結ぶなんて、不敬極まりないですわ」
「え」
狼狽えるリカルドは瞳を揺らして喉を鳴らす。
「今時、王族と平民の婚姻は普通だよ。君は案外時代錯誤な考え方をするんだな」
「王家のイメージは大事ですもの。その瞳の色を守るために親族同士で縁を結んでいると聞いてますわ」
「血が濃くなりすぎて困るのも本当だ。偶には外の血も必要なんだよ」
「?」
ふと、私を跨いでリカルドが手すりに手をかける。
「ロリータの血は私と随分縁遠そうだね」
「高貴な方と比べる余地もございませんわ」
「鈍いな。それともあえて気づかないふりをしている?」
「はい?」
首を傾げた瞬間、私たちの間に何かが弾丸のように飛んできた。
弾丸がコーヒー豆であると確認した途端、頭痛はさらに酷くなった。
次の章で最後です。




