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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
三部 タリタン編
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19. シリアスもどき

アルマンド視点

「すみません、バレました」

「は、なに?」

「殿下が殿下であるとバレました」

「はあぁ?!」


 彩を失った無機質で味気ない毎日。

 ドローレスが去ってしまい、数日が経ったのに未だに頭の整理がつかず、普段と変わらない日々を繰り返している。

 ドローレスを追いかけようにも、既に僕に心がない。そうなってしまってはもう浮気の真偽などどうでもいいのだ。一度決めたら彼女が戻ってくることはない。


 死人のように生活をしていたら、おずおずとアンドレが声を上げた。そして先の一言。

 僕が僕だとバレた。

 なんで、どうして、と思いながらも頭を捻る余地などないほどにフラグが立ちまくっていた。

 ドローレスが鈍感だからと高を括り、けれど気付いてほしくて矛盾したアクションを繰り返したのは他ならぬ自分である。


「ほらー。やっぱダメだったじゃん。ロラの大ウソつきー」


 口からこぼれる恨み節。シルヴェニスタを出る前に「アルマにガッカリなんてしない」なんて言っていたのに。口先だけの酷い女だ。もうやだ。


「残念ですが縁がなかったということで。帰りましょう」

「あんな悪女よりいい女いますって。世の半分は女っすよ」

「…………」


 アンドレだけは浮かない顔をしているが、おおむね従者たちの意見は一致している。その意見を聞きながら胃がむかむかしてくる。僕以外が彼女の悪口を言うな。

 しかし、更なるムカムカがアンドレによって齎されてしまう。


「殿下はご存知でしたか?」

「何を」

「殿下の元婚約者のプリシア様と姫が古くからの友人であることを。今までの殿下の女癖、全て筒抜けと思ってよろしいかと」

「なっ……」


 ということは、ある可能性が頭の中に浮かんでくる。


「じゃ、じゃあ浮気の嫌疑をかけられたのって、僕を嵌めるため? 二人で共謀して別れ話を」

「いえ、そこまではわかりませんが。しかし姫が殿下に落胆したのは事実でしょう」

「落胆するのは僕の方だし! こんな回りくどい真似しないで正面から来てよ。全然ロラらしくない」


 言いながら、ドローレスに罵られる想像が働き、鼻の奥がツンと痛くなった。ドローレスを泣かせるのもいいけれど、罵られるプレイもなかなかクる。


「殿下……」

「流石にそれはないっす」

「ドン引きです」


「む」


 妄想だけにとどまらず、口に出ていたらしい。軽蔑の眼差しが鋭利なヤイバとなって刺さった。だって仕方がない。

 ここまで冷遇されているくせに、身を引くという発想がそもそもないのだ。ドローレスを嫁にすると決めてから、一度たりともその信念を違えたことはない。

 半端のない熱量に、三バカは呆れ返ったようにため息をついた。


 会話も途切れた頃、トントントンと玄関の扉がノックされる。

 一瞬ドローレスかと思ったが、その淡い期待はすぐに打ち消す。風の音すら彼女の気配に感じたいただの僕の願望(病気)だ。


 ひょっこりと顔を出したのは頬を染めたプリシアである。仕事終わりなのか、持っているバスケットには市井で売られているホットサンドやワインが入っていた。


「ご機嫌よう、殿下。夕飯まだでしたら一緒にいかがですかぁ?」

「断る。今忙しいから」

「そう仰らずに。みなさんの分もありますわよぉ」

「……僕一人しかいない」

「うふふ」


 プリシアがきた瞬間、三バカは気配を闇に溶かした。気付くはずもない人の息遣いを言い当てたプリシアは、するりと僕の脇を通り抜ける。

 彼女は昔からこちらの都合などお構いなしなのだ。先日の口紅の件で恨みを抱いているのに、呑気な顔をしてテーブルに夕食の支度をしていく。


「プリシア」

「なんでしょう」

「君とロラが繋がっているというのは本当か」

「本当ですわ」


 言い淀むことなく即答する彼女に、僕は面食らう。プリシアは天然で計算の知らない女だ。裏で企だてると言うとドローレスの方が余程当てはまる。

 とすると利用されたのはプリシアか。あの日、敢えて僕に不貞を働くよう彼女を動かしたのだろうか。

 考えていたら目の前の純潔が声を立てて笑う。


「私がいるのに、殿下はドローレスで頭がいっぱいなのですねぇ」


 それに答えず、僕はずっと抱いていた疑問をぶつける。


「ロラの友人の立場として君に聞きたい。そんなに僕はダメか?」

「…………」

「これまでそれなりに絆を紡いできたはずだ。恋人にもなった。しかし僕が男だと知った途端態度がガラリと変わった。彼女の男嫌いは知っていたが、極端すぎて理解できない」

「心中お察ししますわ。でも殿下、ドローレスは何かと複雑なのです」

「君は何を知っている」


 意味深に微笑む彼女の笑みは絵画のように完璧だ。普段「ハワワ〜」と子犬のように可愛い瞳が、今は聡明に輝いている。


「殿下はご存知ないでしょうが、ずっと昔、私とドローレスは一度殿下にお会いしたことがあるのです」

「え」

「その際の映像が衝撃的すぎまして、私は殿下に恋を、ドローレスは記憶に蓋をしたのです。つい最近、思い出したようですが」

「何を」


 そう言って、アンドレが部屋の隅で息を飲む。プリシアは姿が見えないアンドレに視線を送って静かに微笑んだ。


「従者の方も思い出したようですね。私たち、彼に保護されましたし」

「殿下、お聞きにならない方が」


 ふと、人前に姿を出さないと言う協定を破ってアンドレが前に進み出る。僕を背に庇って、プリシアに牽制の姿勢をとった。


 彼女は驚いた様子もなくアンドレに微笑み、僕に僕の意思を視線だけで問う。

 突然の事態に混乱しつつも話の続きを求める。


「アンドレは下がれ。話を続けてくれ」

「承知しました。けれど、ご気分を害さないでくださいまし。ただの事実を述べるだけですから」

「ああ」


 一呼吸置いたプリシアは、なんの感情も乗せずに淡々と言葉を紡ぐ。

 その言葉が耳を通り過ぎ、理解するまで相当の時間がかかった。呆然とする僕にアンドレとプリシアの同情も似た眼差しが注がれる。


 唇が戦慄き、呼吸が苦しい。今まで僕の人生、好き勝手に楽しく生きてきた。

 プリシアの言葉を聞くまでは。


「殿下は私たちの目の前で、ドローレスの実親を処刑なされたのです」


 目眩と吐き気がこみ上げてきて、僕は洗面へと駆け込んだ。

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