18. 彼の恋人たち
私に触れるではない微妙な距離感。
近いが、単純に私の話に興味があるだけだ。その茜色の瞳が真摯に物語っている。
「ライネリオさんって、両手で足りない程の女性とお付き合いがあるのでしたわよね」
「ああ」
「貴方は重婚支持者で、男女関係に寛容的。束縛されない自由な婚姻を掲げた署名を集めて提出してらっしゃいませんでした?」
「……なんで、知ってんだ。恥ず」
合法的に複数のパートナーを囲える法案だ。不貞という概念すらない。人によっては夢のような話だろう。
「そんな貴方が、お相手の不貞を厳しく叱責するのは矛盾しておりません?」
喉を唸らせたのち、やや赤くなった顔で私を睨む。
「矛盾はしてるだろうな。相手を追い詰めたいだけで、自分の日頃の行いは考えてなかったから」
「そこですわ」
「は?」
「その日頃の行いとの乖離が、今回問題になったところです」
「はぁ?」
「今までライネリオさんはお付き合いしている方々の不貞を咎めたことはありますか? 自由奔放で互いに干渉しないお付き合いを育んでいらっしゃったでしょう? なぜ突然不貞の訴えを? と、彼女たちはそう思うわけです」
「…………」
「出た結論が、娘がライネリオさんにとって重婚を許容できないほど、愛している存在であるということ。貴方の彼女たちは今まで感じたことのない嫉妬を抱いたのです」
「ちょっと待て」と、ライネリオは動揺を示す。
「その話ぶりだと、俺の女たちが首謀者に聞こえるぞ。女にあの犯行は無理だと、さっき言ったばかり……」
「指示だけなら可能です。実際に手を下したのは別の人間ですわ」
「親父は巻き込まれただけと言っていたな。それは、まさか」
「まさかです。動機は驚くほど下らない」
ライネリオは昨今の仕事の忙しさから女性関係を切ったと言う。その裏のない行動が女性たちの目にどう映ったか。
愛していた娘と破局し、傷心と後悔のまま交友関係を精算したのだと。ライネリオに復縁を願っても相手にされず、父親であるライナスに口利きを依頼したのだ。
しかしライナスは息子と異なり潔癖な性格で、逆に諭されてしまう。願いの叶わなかった女性たちは逆上し。
「待て。それは全部お前の想像だろ。証拠がない」
「その件の証拠ならありますわ」
「は?」
目を丸くするライネリオに最後の仕掛けを畳み掛ける。この仕掛けはシルヴェニスタの極一部だけが知る、重要機密だ。
しかし私はかの国の国民でないので、うっかり口を滑らせても何の咎はないだろう。
「タリタンの貴族には所有物に銀のチャームを付ける文化がありますわよね」
「は? まあ、あるが」
「そのため銀の消費量が膨大で、自国では賄えずシルヴェニスタからの輸入に頼っている現状」
「?」
「銀は純正だと柔らかすぎて脆いのです。ですからある程度の混ぜ物が容認されていますのよ」
「おい、それって」
「察しがよろしいですのね。その通りで、輸出ルートによって加工してますの。貴族ごとに顧客ルートを結び、他の譲渡を禁止しているのはそんなカラクリがあるからです。銀を燃やせば各々化合物の色に変わる。前王が刺殺されてからの慣例なのですわ。誰が王に害をなしたのか一目瞭然だと」
銀の量は取引相手と相互に取り決めているので違法でも何でもない。ただ、その混ぜ物が何千種類の鉱物に渡っているので、銀の持ち主が誰か割れる仕組みとなっている。
先日の卿を襲ったナイフも銀細工であった。タリタンにとって銀は力の象徴であらゆるものに多用されている。
「そう言うわけですから、どこのご令嬢が犯人かはナイフを燃やせば分かります。ライネリオさんを思うあまりの、短絡的な犯行。主犯について大体予想はついてますが」
言いかけると、カタンと給湯室の扉が音を立てた。
彼は私から体を離すと、勢いよく向こうの扉を開ける。扉の先に立っていたのは、ライネリオと同席のマチルダである。
青い顔をした彼女の背後では、同じく女性たちが震えている。
あら、聞こえちゃったかしら。いえ、聞こえるように話していたのだけれど。
マチルダの父親は元大統領法律顧問である。司法界に顔の広い父親の権威を笠に着て、今まで好き勝手やっていたわけだ。
「うふふ」と、口に弧を描いて部屋を出る。いつも通りお茶を配り歩くだけなのに、皆皆血の気を引いて私を見るのだから可笑しい。
プリシアとカルメンだけは無表情を装っているが。二人同時に肩を震わせて親指を立てた。




