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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
三部 タリタン編
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17. ライネリオ

「親父が世話になったな。感謝する」


 いつものようにお茶出しの準備をしていると、ライネリオがノックと共に入ってくる。茶葉がティーポットの中で抽出する様子を眺めながら、淡々と言葉を返した。


「たまたま居合わせただけですわ」

「今朝方意識を取り戻した。お前の処置がなかったらどうなっていたか」

「おおげさです。ライネリオさんこそお父様が大変な時に、私にお力添えを頂き」

「んなの、当然だろ」


 ライナス・ヘミングはライネリオ・ヘミングの父親である。上院議員の代表を務める卿は、貴族でありながらも平民派で一定の支持数を得ていた。


 振り返ると案外近くまで距離を詰められている。カップを戸棚から取るべく、さりげなくその場を離れた。


「公安は二極化していてな。今、親父は公安の貴族派連中と水面下で揉めてんだよ」

「違和感がありましたの。第一発見者である私の確保は理解できますけど、卿の容態を『心配することではない』とおっしゃるんですもの。まるで卿のことは二の次のような」

「事実あの顔ぶれは貴族派だ。お前が市中を見せしめに歩かされている時に、プリシアを通じて知らせてくれて助かった。奴らの手に渡ったらそのまま緩やかに殺されていただろうから」


 実の親を亡くした可能性を、大きな感情を乗せずにライネリオは語る。しかし不機嫌そうな眉間のシワはいつに増して深い。


 事件当日、縄で括られ市中を歩いていた際、偶然プリシアと出くわした。飲み屋から出てきたプリシアは私を見て瞬時に状況を理解する。

『ライネリオに知らせて』と、口を動かすと瞬きだけで了解を示してくれた。彼女の頭の中ではこの国の歪と人物相関図がパズルのように組み立てられている。


 無事に卿はライネリオの元へ保護され内々に集中治療を、表向きには死亡ということにされた。

 意識が戻って何よりである。


「しかし、勘違いなさってはなりませんよ。卿を襲ったのは警察ではありません」

「わかってる。あいつらは事件を利用しただけだ。あのまま死んだら貴族派が自由に政権握れるしな。大統領がいない今、何でもありだろう」

「ええ」

「利用されたといえば、お前も災難だったな。たまたま居ただけで犯人にされちまうとか、笑える」

「ですよね」

「女にあの所業は無理だ。それもわかんねー警察とか無能すぎんだろ」


 ため息をつく彼に私も頷く。

 私が卿の刺殺に関与できない理由。端的に言って、私が女であるからだ。

 女性が外傷一箇所だけで人を殺せるなどありえない。人間の腹部は見た目に反して、致命傷にはなりにくいのだ。犯人はよほどの訓練を重ねた男性か。


 とある人物が頭に浮かんだが振り払う。今回は彼も無関係だ。


 警察は状況証拠、と述べたがそれもお笑い種であった。もし仮に私が刺したのであれば返り血を浴びるはずだがその類の跡はない。

 止血するため濡れた手も、ナイフを握っていない証明にもなった。


 こんな簡単な話を、勢いだけで状況証拠だというのだから呆れを通り越して笑えてしまう。


「お前は親父の命の恩人だ。礼をさせてくれ」

「お構いなく。当然のことをしたまでですわ」

「親父の体調が回復したら、政界に再び返り咲くだろう。平民にとっての英雄をいつまでも死んだままにできねえからな」

「ええ」

「ところでお前は、犯人に目星はついてるようだが? 俺は貴族派のアウグスト氏が怪しいと睨んでいるが」


 私ではなくプリシアの功績だ。

 彼女は私より後に入国したくせにあらゆる情報に精通している。彼女は常々「どんな男性も、寝所では口が羽のように軽いのよ」と、汚れを知らない顔で笑う。

 台詞と容姿にギャップがありすぎて、非現実的に思えるほどだ。


「その前に、先日の大統領の娘の浮気騒動、掘り返しても構いませんか?」

「……何で?」

「結局のところ、今回の事件も痴情の縺れが原因ですから。お父様は完全に巻き込まれただけなのですわ」

「?」


 眉間にシワを寄せるライネリオ。

 プリシアは登場人物のプロフィールを置いていっただけなので、そこから先のパズルは私が組み立てるしかない。

 こんな二度手間踏ませず、サクッと教えてくれてもいいのに。


「娘の婚約者について調べた時、なぜか箝口令が敷かれてまして、原告側であるのに正体が不明だったんです。ずっと気になっていたのですが、今回の件ではっきりしました」

「…………」


「婚約者ってライネリオさん、貴方ですよね」


 そう言うと彼の眉間のシワはさらに深くなる。おもむろにタバコを取り出して口に加えた。給湯室は禁煙なのだが。


「あー、まあいいか。お前になら。そう、俺。女に捨てられた哀れな男は俺ですよー」

「そうではなく、……捨てられるように仕向けたのでしょう?」


 断言すると彼の目が細くなる。まるでこちらを値踏みしているような。


「前大統領は元々は中立のお立場でしたが、近年貴族派に買収されてらっしゃったでしょう。平民に渡るはずの富の再配分が国の上澄み部分で浪費され、人々の生活が困窮していく。その事態を憂いた卿の、手助けをしたかったんですわよね?」

「…………」

「娘に懇意の相手がいることを承知で縁を結び、しかし貴方は家庭を顧みなかった。寂しさを募らせた娘は元の恋人と縁を戻し、不貞に走る。駆け落ちも本当は貴方の手引きですよね? 大統領の立場が悪くなるよう裏で手を引いて」

「証拠は?」

「ありません。実際ライネリオさんは仕事に打ち込んだ、それだけ。勝手にお嬢様が誘惑に負けたのですわ」


 きっぱりとした物言いに彼の眉間のシワが揺らぐ。数秒の間をおき、ゆったりとタバコの煙を吐いた。「その通りだ」と小さく呟く。


「これだけは言っとくけど、俺はリカルドを訴えたつもりはねえぞ。不貞裁判は娘だけに起こしたものだ」

「うふふ。リカルド殿下は完全に貰い事故でしたわね。偶然この国にいなければ巻き込まれなかったでしょうに」


 リカルドが拘留されていなかったのはそのためだ。被告人ではないため、豪奢な部屋で過ごし、形ばかりの尋問を受けていた。


「しかし、貴方が不貞裁判を起こしたことにより不幸が重なったのですわ。陳腐な誤解のせいで卿は襲われてしまったのです」

「どうして」


 トン、と私を挟んで壁に手をつく。今更説明をないがしろにして逃げたりしない。


 距離の近さに悪寒を感じつつも、私は説明の続きを口にした。

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