6. アルマの苦悩
アルマ視点
もう帰っても良かったのだが、ドローレスより齎された屈辱とショックで、彼女に一泡吹かせたくなった。
記憶から消去するほどに嫌いなのなら、また僕に触れられたら今度は泣くだろうか。
ふつふつと怒りが湧き上がり、僕は近くにいた侍女に話しかける。
「その制服貸してくれないか」
使用人に扮して油断を誘い、徹底的に彼女を泣かせてやる。
僕のお願いに嫌と言えるわけもなく、あっさりと侍女は制服を貸してくれた。
無論彼女が着ていたものではなく、使用人用のクローゼットから出された新品である。
侍女に手伝ってもらい、身に付けると、僕はあの非礼な女を追いかけた。
……見失った。
確かに着替えに時間がかかったしすぐに追いつけるわけもない。
侍女に女の部屋まで案内してもらうか、とウロウロしていたら後ろから鈴の音のような美しい声があがる。
「あら、あなた。何をしてるのかしら」
「…………!」
うろつく使用人を不審に思ったのか、探し人の方から僕に声をかける。
振り向くと髪や衣服に葉っぱを散らして、子猫を抱くドローレスがいた。先の冷たい印象とは違うその姿に僕は一時目を疑う。
「えっと、ドローレス、さまは、何を?」
「この子が木から降りられなくなってたのよ。助けようと木に登っただけよ」
「……ドレスで?」
「焦ってる様子だったからね。急いだのよ。おかげでドレスが少し破れたわ」
「…………」
そう言って猫を片手に持ち直し、もう片方の手でドレスの裾を持ち上げる。白い淡雪を思わせる太腿が顕になり、僕は思わず窓枠に頭をぶつけた。
急にふらついた僕にドローレスは眉を寄せ「ドジね」と近寄る。
彼女の瞳には人間らしい温度が灯っている。さっきの氷のような彼女とは全然違う。
「大丈夫?随分酷い音がしたわ」
「……う」
頭を撫でられ、コブの具合を確かめる指先がくすぐったい。ともすればもどかしい。
その手を取って腰を引き寄せ、柔らな唇からキスを奪いたい。
そんな衝動を必死に抑えながら、僕はブルブルと拳を握りしめた。
何だこれは、何だこれは。さっきとは全然態度が違いすぎる。
外の男にはああいう態度なくせに、使用人に扮した途端こんなに甘くなるのか。ずるい、もっとしろ。
「ドローレス様、この辺りが痛みます」
「バカね。いらっしゃい、手当てしてあげるわ」
別に軽くぶつけた程度だし本当はちっとも痛くない。けれど僕を撫でる彼女の手の感覚が心地良すぎて直ぐには手放せない。
もっと撫でて欲しくてそう言うと、ドローレスは自ら手当てをすると自室を案内した。
部屋に入った途端彼女はドレスを脱いで近くのベッドに投げる。下着のみ身に付ける、急な奇行に本当は僕の変装がバレていて誘っているのかと思った。
実は押し倒して欲しいのか、と。
しかし彼女は涼しい顔で救急箱を持ってきて、僕にソファーに座るように促す。
目のやり場に困った僕は思わず目を瞑る。
ヤバイ。
視界が暗くなった僕は触覚に敏感になる。ぶつけた頭に指が通り、息が吹きかけられ次第に別の意味で身体に熱が篭ってくる。
そこから意識を外そうと、僕は半ば必死でドローレスに話しかけた。
「ドローレス様、何故服をお脱ぎになったのですか」
「あら? 私は自室では裸なのよ。使用人はみな知ってるはずだけど」
「……(しまった)」
「ああ、あなた新人ね。どおりで見ない顔だもの」
「…………」
「驚かせてごめんなさいね。服が窮屈だから落ち着かないの。裸なのは部屋の中だけだから見逃してね」
「…………(コクコク)」
服が窮屈、とか。それはそうだろう。ほっそりとした腰に反して上に実るバストは非常に大きい。
それでいて形も美しく、先日不可抗力に触れたが感触も程よい弾力で柔らかかった。
体の熱を逃すはずが、直球でまた熱を投げ入れられ、僕は慌てて席を立つ。
このままここにいるとおかしくなる。本気でベッドで彼女と戯れたくなる衝動を抑え、ドローレスの手を外した。
「な、な、なな治りました。ああありがとうございます」
「あらそう?」
声がひっくりかえるも、彼女は柔らかな微笑みで言葉を返す。
「女同士なんだし遠慮しないでね。何かあれば助けになるわ」
「…………」
女同士と言う言葉に心臓が音を立てる。
『使用人』だからではなく、『女同士』だからこんなに態度が甘いのか。同性だから彼女の寵愛を受けれるのだと悟った僕はとんでもないこと口に出してしまう。
今思ってもおかしい。冷静になった今、あの時の判断はどう考えてもおかしい。
けれどああ言わなければ、もうドローレスの手が僕に伸びることがないのだと思うと、後先考えられなかった。
「ドローレス様、これからもよろしくお願いします」
「うん?」
「今日からドローレス様の侍女になったので。お嬢様が快適に日々過ごせますよう尽力いたしますわ」
「あら、そうなの。よろしくね」
笑みを浮かべるドローレスに一礼し、僕は部屋から逃げるように飛び出す。
何あれ、めちゃくちゃ可愛いじゃん!!
全ての理想の塊が天女のような微笑みを僕だけに向ける。
こんな快感を今まで味わったことがない。彼女の視線を僕だけのものにしたい。他の人間に向けることが無いよう、僕だけを見るよう。
迅る足をそのまま玄関ホールへと向かせ、その場にいた僕の従者と彼女の両親がこちらを振り向く。
僕の格好を見て全員ギョッとするが、沸騰した頭ではただ一つのことしか考えられなかった。
「ミラモンテス卿、頼みがある」
「な、なんでしょう」
「彼女を妻に迎えたい。その為にまずは僕を侍女として雇って欲しい」
「…………」
全然繋がらない文脈に一同無言になる。けれど僕としては極めて正攻法のルートである。
男嫌いを発症しているドローレスに真っ向から攻めても男の僕は認知すらされない。女であれば彼女の目に止まり、徐々に愛を深められると考えたからだ。
非常に単純明快な解決策に自画自賛を送る。
しかし後になって気づくがこのルートはどん詰まりである。
ドローレスは何も女に恋愛感情を持っている訳では無いのだ。侍女として親しくなってもそれ以上の先はない。
毎日「好きだ」と告げても「光栄ね」と主人の目線で流されてしまう。
彼女に心を奪われて、恋愛がこんなに苦しくままならないものだとは今まで知らなかった。




