15. 卑劣なドローレス
「にしても、ほんっと嫌われてるのねぇ。笑っちゃうくらい」
「そうね。でもまさか殺人罪まで着せられるとは思わなかったわ」
「ドローレスは私の恋敵でもあるんだから、勝手に死んじゃやぁよ」
クスクスとプリシアが肩を震わせる。
彼女は隣国リンデン王国の第五王女である。幼少期からの古い付き合いで、偶然の再会は視線だけの挨拶で事足りた。
「面会準備に時間がかかってごめんなさいね。あんな汚いところで過ごしていたなんて」
「いいえ。来てくれて嬉しかったわ。でもあの手法はもっと何とかならなかったのかしら?」
「マッサージのこと?」
「ええ」
カルメンとはこれまで接点がなかったが、シルヴェニスタにいた時に名ばかりの紹介を受けていた。
彼女はコーネリアの友人で、何かあった際は助けになると事前に申し伝えがあったのだ。当時はなあなあに聞き流していたが。ルーベンの言う事だったし。
二人はそれぞれの方法で私を助けてくれた。
プリシアは事件の主要人物の紹介を配膳代の下に忍ばせて。カルメンは尋問官と称して身の回りの世話をしてくれた。
拷問を匂わせた牢獄の中で、実際行われていたのはただのマッサージである。
一日中狭い室内でろくな運動も出来ず、体が悲鳴を上げていたところに彼女が来てくれた。気絶するくらいの激痛を伴ったが起きた後の開放感と言ったらない。
部屋も快適に整えてくれ、おかげで随分と呑気な拘留生活となった。
ふかふかのベッドとカーペットに警察官たちが眉を寄せたのがいまだに笑える。天井の男だけは真に受けて心配していたので少しだけ申し訳なかったが。
「それにしても、私たちがでしゃばっちゃって悪かったかしらぁ?」
「なぜ?」
「水面下で男たちもドローレスを助けようと動いていたのよ。カタツムリ並みに対応が遅かったから待っていられなかったけど」
「あら、そうなの」
「愛しの殿下も頑張っていたわよぉ」
「へー」
熱のこもらない返答にプリシアの笑みが深くなる。彼女は私の全てを知っている。
「殿下ってルーベン殿下でも、リカルド殿下でもないわよぉ?」
「わかってるわ」
「あらぁ、いつ気付いたのぉ? つまんない」
「勾留中に。考える時間はたっぷりあったもの。けれどプリシアや護衛がヒントをくれなければ気づかなかったでしょうね。我ながら愚鈍だわ」
そっと唇を噛むと、カルメンが宥めるようにお茶を注いでくれた。彼女は根っからの仕事気質で色恋を虚構として捉えている。
「本人は必死に隠しているのに、周りが真実を投げつけてくるスタイルって不憫。報われない芽は早々に刈り取って良いのよ」
「ドローレスってば本気で殿下のこと信じてるんだものぉ。もどかしくて何度その耳に囁こうと思ったか」
カルメンの唇も孤を描く。本当に当事者でなければ喜劇以外の何物でもない。
私の感情は箱に入れて鎖で撒いて蓋をしましょう。そうしましょう。あんな気持ち、もう忘れなくては。
「まさか、アルマがアルマンド殿下だったなんて……」
そう言うと、こらえきれずにプリシアが噴き出した。
「うふふふふ。もう、男が関わると本当にポンコツよねぇ。あんなにわかりやすいの、ないと思うんだけどぉ」
「可愛かったんだもの。好きになっちゃったから色々見えなくなっていたわ」
「今は?」
「失恋した気分。心にぽっかり穴が空いたような」
割と本気で言った言葉に二人揃って笑い出した。これでも結構本当に悲しいのだ。けれども二人ともなかなか笑いが止まらないので私もつられて笑ってしまう。
失恋なんて笑い話にした方が有益である。次いこ、次。
「じゃあ未練はないのねぇ」
「男に興味はないもの。貴女の好きにして」
「嬉しい。一方的に婚約破棄されて悲しかったのよねぇ。私は殿下のこと好きだったから」
「ふうん」
曖昧に頷くと、カルメンと目があう。
「純粋に疑問なんだけど、別に別れなくても良いんじゃないの? アルマンドをこれまで通り女として扱えば、恋人ごっこはしばらく楽しめるんじゃない?」
「そうね。でも一度自覚してしまうともうダメみたいなのよ。もう可愛いアルマが思い出せなくて」
言いながら喉がつかえてくるが、その違和感をないものにした。カルメンは苦笑しつつ「恋愛は遊びよね」とお茶をすする。
二人でソファーの背にもたれるが、プリシアだけは頬を紅潮させて前のめりになった。
「それじゃ、哀れな殿下は遠慮なく私が貰うわねぇ」
「ええ。帰宅したら関係を精算するわ」
「あ、別れ話はうまくやりなさいよぉ。ああいうタイプは拗れると面倒よ」
「大丈夫。手はあるから」
その手というのは全てアルマのせいにするという、最低最悪の手法だ。
でも構わない。だって私は悪女なんだもの。とうに良心の呵責なんて捨てている。今回もこれまで通り卑劣を極めましょう。




