14. 悪女の祝杯
連日カルメンの尋問が続く。
そんなある日突然警察官たちがやって来た。
牢の中を見て眉を寄せ、けれど言及をせず「外に出ろ」と、冷たく言い放つ。
私の冤罪が晴れたのかと思ったがそうではない。腕を引く乱暴さは被疑者に対するそれで、敬意のかけらもない。
有無を言わせず馬車へと乗せられ、そのまま裁判所へと移送された。弁護人の依頼の有無も、裁判の日程も、そもそもきちんとした告発状もないままの出廷。
心の準備がないわけではなかったがやや呆気に取られる。
以前のリカルドはこう言う緊張感を持っていたのだろうか。身に覚えもない罪を問われるもどかしさを。
法廷に入ると既に役者は揃っており、私はぐるりと周りを見回した。狭い箱の中に溢れんばかりの人が詰め込まれているが、知った顔はカルメンくらいだ。
既定路線をなぞるだけの裁判を思い、そっと口の形を変える。人知れず判決が下り、処刑が実行されるのだ。
一民間人に後ろ盾などない。閉廷後すぐに、無慈悲なニュースは市井を賑わすのだろう。
不意に後ろ髪が揺れ、「逃げます?」と、男がどこからか囁いたが、黙って首を振った。
開廷を告げる小槌が鳴る。
「起訴状。被告人、ドローレス・ミラモンテスは石榴の月第三の夜、タリタン南西部の漁港にて被害者、ライナス・ヘミング氏を刺殺した疑い」
起訴状が公の場で声高に読み上げられる。私は殺人の罪で裁かれるのか、と頭の中が冷えた。
異論は無いかと告げられ、臆せず手をあげる。
何となく弁護士側の席を見ると空席であった。わかりやすいことだ。
「僭越ながら申し上げます。私は殺害などしておりませんわ」
「嘘を言え! お前がライナス氏に手をかけているのを見た人物がいるのだぞ」
検察側や傍聴席からヤジが飛び耳に刺さる。裁判長は随分な時間を置いて「静粛に」と告げた。
「どなたが見ていたのでしょうか? あの暗がりで、私が刺したところを見えたと。随分夜目がきくのですね」
「黙れ。鮮明に見えなくとも、状況証拠を見れば一目瞭然だ。白々しく嘘をつくな」
「状況証拠?」
涼しい顔をして首を傾げると一層怒号が酷くなる。こうして私を疲弊させ、罪を認めさせたい流れなのだ。非常にわかりやすくてよろしい。
しかし申し訳ない。これくらいで私の心は折れない。
何年悪女をしていると思っている。冤罪で弾劾されるのは慣れっこだ。
「その証拠、見せてくださいません?」
「言われずとも」
並べられたのは被害者が殺害された状況と、死亡診断書である。
応急処置の甲斐もなく亡くなってしまったのかと、心苦しい気持ちになりながら一通り確認する。
被害者が受けた外傷は腹部の一か所のみで、しかしそれが致命傷になった。
死因は出血多量によるショック死。私が触れたときはまだ温かかったからその後急逝したのだ。
「わかっただろう。被害者に触れたのはお前だけだ。言い逃れはできんぞ」
「触れたのは止血するためですわ。それこそ見てお判りでしょう?」
「貴族かぶれの女が臆せず怪我人の止血に回れるわけがない。ナイフを突き立てるために触れたのだ」
「いいえ」
静かに過振りを振って否定すると、検事の男が息を呑んだ。軽い世間話をするように口を開く。
「あの程度、嗜みとして心得ております。養父母は軍事貴族ですので有事の際の対応は叩き込まれましたの。簡単な切開くらいなら対処出来るほどに」
「は? 何を言って」
「確かに免許は無いので証明は不可能です。しかし、男性の死因に私が無関係であることは証明できます」
男の怪訝な顔が徐々に驚きに変わっていく。
男の正確な死因、私がそれに関与できない理由を淡々と述べる。傍聴席からも騒めきが波のように広がってきた。
ついでに本来なら私が知り得ない、真犯人までの道筋を触ろうとしたら急に小槌がけたたましく鳴り、そっと口を閉じた。
青い顔をした裁判官、警察官が私を見て唇を慄わす。たかだか小娘を侮った結果だ。
喧嘩を売るのならもう少し相手を選べ。薄く冷笑を浮かべる私に無罪の判決が下った。
「おめでとう。ドローレス」
「おかげさまで。でも、口ほどにもなかったわね」
「うふふ、やっぱり貴女はこうじゃなくっちゃ」
所変わって貸し切りのサロン。
私たち以外誰もいない空間で、和やかに祝杯を挙げる。
気配の薄い、不審な視線が突き刺さる。数時間前の緊迫した裁判風景とは真逆な雰囲気に、彼はさぞかし混乱していることだろう。
重厚な赤い革張りのソファーに足を組み、誰もいない天井の一角に見上げる。
彼が不審に思うのも無理はない。ずっと監視していたはずなのに、一切の繋がりがないメンツが突然円卓を囲んでお茶をしているのだから。
「うふふ」と、微笑んで私は対面の二人の女性を見た。
堅物なキャリアウーマンのカルメン。
彼女は私と同じ外務省所属で、補佐役の指導を受け持っていた。しかし顔合わせは留置所でが初めて。タリタンは厳密な三権分立はしていないため、個人の力量で自由に職務を兼務できた。
そしてあどけなさが残る純真な少女、プリシア。
先日、補佐役としてリカルドと同時に入省し、その愛らしさから本省のアイドル的存在となった。彼女とは入国以来一言も言葉を交わしていないが、何故かここにいる。
そして泣く子も黙る悪女の私。
異様な顔ぶれのお茶会。天井の彼へと何気なしに声をかける。
「もう帰っていいわよ。殆ど解決したから」
「…………」
ダンマリを決める彼に、ある台詞を告げたら僅かに身動ぐ気配がした。
なるほど、あの辺りにいたのか。
震えすら伝わる呼吸を耳に残して、彼はサロンから消える。
「いいのぉ?」
と、プリシアが可愛く首を傾げたが、私は黙って頷いた。可愛い瞳の奥底にどす黒い闇が燃えていて、無意識に綺麗だと思った。




