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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
三部 タリタン編
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12. 闇夜の晩に

 器小さいって嫌ね。


 夜の浜辺を歩きながら私は猛省していた。アルマがとっても可愛くて、みんなの天使であることは知っていたはずなのに。

 神輿を担がれ、アルマ教を布教し、全員のアイドルでいつつも、結局は私のところに帰ってきてくれた。恋人の気配も感じさせず、ただ私だけに愛を囁いてくれていた。

 それが先程生々しい程の口紅を見て、急に現実に直面してしまったのだ。わかっていたのに目の当たりにするのは辛い。彼女は私だけの恋人ではない。


「……あ」


 ふと、アルマだけでなく自分の身の上に考えがいたり血の気が引いた。そういえば私もルーベンとの仲をなあなあにしている。関係の解消をきちんと確認していない。不義理を働いていたのは自分の方だったのではないか。

 急に脳内が騒ぎ、無闇矢鱈に走り出したくなった。


 しかし突如真上から小石が落ちてきて歩みを止める。まるで私の進行を妨げるかのように。周りを見渡しても闇夜の中、人の姿はない。


「ドローレス様」

「え?」


 急に呼ばれて驚く。空気に溶け込んだような、穏やかな声の発信場所がわからない。近くにいるような気がするが。


「突然すみません。ですがこの先は危険です。お戻りを」

「貴方はどなた?」

「殿下から姫の護衛を任されたものです」


 殿下、姫、……心当たりのないワードに首を傾げる。

 しかし直後ルーベンの顔が浮かび不安が募ってきた。先ほど心配したとおり、まだ婚約が解消されていないのだろうか。先々の展開を読んで動く彼ならば、真っ先に処理する関係に思えたが。


「姫ではないので護衛は不要です。ルーベン殿下には私から話します」

「そのお方ではありません。一先ず帰りましょう、姫」


 何もない暗闇から腕だけが現れる。ひらひらと手招きする手のひらが蝶のように闇夜に浮かぶ。何となく誘われるままにそちらへ向かうと、頭に残っていた小石が胸元に落ちてきた。小石ではなくコーヒー豆であることに気付く。


 これは……。


 疑問の答えを弾き出すより早く、背後で女性の悲鳴が上がった。暗闇の中で何が起きているのかわからず咄嗟に体が動く。


「あ、姫!」

「貴方は警察を呼んで! 危険と言うからには事情を知っているのでしょう?」


 走る私の周りでため息が聞こえた。全くどこにいるかもわからず、けれども近くにいるようだ。警察を呼ぶではないその動きは私にぴったりついてきている。

 

 男と言い争う間も惜しく走っていくと、程なくして目の前に倒れている人影が見えた。波止場の一角に大柄な男性が横たわっている。駆け寄りその体に触れると、どろりと生暖かい液体が両の手に伝わった。

 暗くて何がどうなっているのかわからない。やんわりと手を這わせて腹部に刺さる刃物に手が当たる。刺されたのだと理解し血の気が引いた。


 静まり返った港で助けを叫ぶが応答がない。刺されて間もない命の鼓動と、苦しげな呼吸が私の脳髄を冷たく刺激する。


「応急処置するわ。貴方は早くお医者様と警察を」

「無理です。姫の安全が第一なので」

「なら少しは手伝いなさいよッ」


 大柄な男の止血はなかなか骨が折れる。患部を圧迫しながら他の異常も確認したいのに、夜目がきかずままならない。ふとため息と共に大きな手のひらが伸びてきた。私の手のひらを避けて患部を抑える。


 留まることのない出血がかなりの傷の深さを物語る。スカートを裂きこれ以上傷口を広げないようナイフを固定し、続いて軌道の確保に入る。

 首が下がり浅い呼吸となった顎を持ち上げ、


「姫」


 合わさる瞬間、見えない何かに体を押し返された。


「それはダメです。姫の口づけは殿下だけにお願いします」

「な、これはそんなんじゃ」

「わかってます。でもダメです。姫は止血側に回ってください」

「ちょっと」

「……ん、誰か来ます」


 遠くからランタンの灯りがいくつも見えた。刀剣や銃器のぶつかる音、底の厚い足音、警察だ。その姿がどんどん近くなり私の肩から力が抜ける。


 そういえばさっき女性の悲鳴が先に聞こえたのだった。私より早く発見して応援を呼んでくれたのかもしれない。

 患部を抑える手をそのままに、安心して顔をあげる。警察官の男たちは私を見て一様に眉を顰めた。


「腹部に外傷があります。意識がないので急いで病院に」


 説明している途中で乱暴に腕を取られ、立ち上がる。べっとりと血に濡れた両の手に荒縄が括られ思わず驚きの声をあげた。しかし非難の声は無下にされる。


「殺人の現行犯で逮捕する。身分証はあるか? 国籍、所属、名前は?」

「何でもお話ししますわ。でも私のことよりまずは男性の治療を」

「お前が心配することではない」


 縄が引かれ、網目が肌に食い込んで痛い。

 刺された男性の方を振り返ると、数名の警察官が担架に乗せているところだった。淡い灯りのもとで見る男性の顔は血の気が引き青白い。そして数秒考えて知った顔であることに気づいた。


 思考を巡らせながら腕を引かれる。どこからともなく力のない声が聞こえた。


「これ、殿下ご立腹になりそうな展開ですかね? 私に何かあったら姫から恩赦をお願いします」

「私は姫じゃないわ。人違いだから何もないわよ」

「そもそも殿下が姫に触れることを許してくだされば強引に拐えたのに。姫の意思を第一にしろとか言うこと無茶苦茶なんですよ」

「貴方の主君は結構暴君なのね」

「あ、いい解決方法があります。姫が少し目を瞑り耳を塞いでいてくれたら全員綺麗に掃除できます」

「どういう意味?」


「何を一人でしゃべっている」


 目の前の警察官が不審な様子でこちらを睨む。闇に紛れた男の声はどう言うわけか私以外には聞こえないらしい。


 それから誰一人口を開くことなく街の方に向かい、人生初の経験となる檻の中に拘留されることとなった。

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