8. 危険思想
アルマ視点
タリタンに移住し始めてもう数ヶ月。新婚生活(僕の主観)は極めて順調である。
朝起きておはようのキスをして、恥ずかしそうに勝気な瞳を揺らし、そしておずおずと僕の頬にキスを返してくれる。
もうダメ。幸せすぎて死ぬ。
もっと先の事をしたいけど、進んでいいラインが分からず二の足を踏んでいる。
キスを許してくれたから、今度はもう少し深いキスを仕掛けてもいいだろうか? あのふっくらと柔らかいお腹を撫でて、肌を愛でてもいいのだろうか?
妄想は止まるところを知らず、体の熱は跳ね上がる。
「はー、好きー」
思わず口に出してしまって、目の前の男があからさまに動揺した。……しまった、仕事中だった。
妄想が楽しすぎて時々現実世界に侵食してしまう。
男の動揺を見逃さず、持っていたナイフで相手の獲物を弾く。クルクルと回転して落下するナイフを視界に入れて、男の眉間に鋭利な切っ先を翳す。
勝負あったと歓声が上がり、金銭が飛び交った。海上の国タリタンは、屈強な体の漁師が多い。喧嘩っ早い性分の国民性でこう言った男くさいが勝負事が好まれた。日々挑戦者は絶えず、体を動かすのは気持ちいいし、観客側も爽快な展開に飽きもせず歓声をあげる。
こういった仕事はデスクワークよりも何倍も楽しい。王子としての公務を遠隔でしつつ、息抜きには最適の仕事であった。
そうこうしていたら思わぬ事件が起きた。
いや、世間を賑わせている大統領失脚に比べたら大した事件ではないのだろうが、……僕にとってはとんでもなく大事件である。
次兄がタリタンに来ており、よりにもよって日々ドローレスと顔を合わせていたと言うのだ。しかも友人相手に好きだと吐露していたとか何とか。
何故僕がそんなことを知っているかと言うと、腕だけは優秀、頭は残念な三バカ従者からの密告があったからだ。
例のごとく従者をドローレスの護衛に当てており、危険があればすぐに対処できる体制を敷いていた。
そのおかげで本省でいじめがあることを知り、陰ながら報復の計画を立てていたのだが、生憎徒労に終わる。……本人がいじめであると気づいていないのだ。
そのため助けてほしいとも思っておらず、とりあえず静観することにしたが。
僕の気分によっては、ドローレスの意思関係なく、海底の藻屑に消えるかもしれないのは置いておいて。
話は次兄、リカルドに戻る。
詳細は不明だが次兄は幼少期に彼女と接点があったらしい。それ以来ずっとドローレスが好きだったと。
……確かに言われてみれば納得できるところもある。
あの女ったらしの次兄はドローレスに一切声をかけたことがない。あんなに目立つ存在の彼女に見向きもしないなんて、彼の性格的に考えられないことである。
つまり、リカルドなりの最大限の意識だったわけだ。
それに、長兄がドローレスを家族へ紹介した際もおかしかった。自分の両サイドに侍らせた女たちと急にイチャイチャし始めた。
正直キモいと思ったが、あれはドローレスに自分を見るようアピールをしていたのだ。
「…………」
あ、なんか考えてたら悲しくなってきたのは何でだろ。
ロラ、全然気づいてないし。絶対報われない手法だからか。
リカルドムカつく、から入ったはずなのに着地点はリカルドかわいそうである。
一方、三バカは「やっぱ百合一択でしょ」とせせら笑っている。こいつらは昔から僕贔屓なのだ。
しかしそう言う先立つ気持ちは置いておいて、密かに三人がある賭け事をしているのを知っている。
誰がドローレスをものにするかと言うもので、一人は僕、一人はルーベン、一人はその他に全財産賭けて遊んでいるのだ。人の色恋で賭け事とか、落ち着いたら仲良く処刑してやろう。
残虐な笑みを唇の端に乗せ、僕は最後の挑戦者を倒した。
音も気配もない僕と従者たちの会話に気づいたものは誰もいない。
大統領の失脚。
ドローレスの仕事は忙しさを増し、帰宅時間が真夜中になることも珍しくない。
国の長が不在になったのだから無理からぬことで、目まぐるしい速さで大統領選挙の構想が練られていく。
政権が変わるときは少なからず不穏な動きが出てくる。
王政であるシルヴェニスタだって似たようなもので、日々政権を取って代わろうと、貴族側が画策しているのは、王族側からすれば周知の事実である。
煙が立った瞬間、僕率いる第三部隊が不穏分子を人知れず処分する、そういう役割を担っていた。
政治というものはどうにも綺麗ごとでは済まされない。当然ではあるが各々の利権が絡むし、どうやったら甘い蜜を吸えるのか全員が考えるからだ。
国の先行きを真剣に考えているのなんて長兄くらいなものだろう。
汚い部分は全て僕が請け負おう。
ドローレスが妃になったのなら、彼女には王国の綺麗な上澄みだけ見てもらって平和を堪能してもらいたい。あらゆる面で潔癖な彼女はきっと僕の仕事も嫌う。そうであるから一生涯隠し通す覚悟だ。
夫婦だからといって全て胸の内を打ち明ける必要はない。誰でも何かしらの秘密はあるもので、……きっと彼女も僕に言っていない何かがある。そんな気がしている。
此度問題になった重婚について、以前シルヴェニスタでも法案に上がったことがあった。
シルヴェニスタも重婚制度はあるが、実際に承認しているのは世継ぎを多く残したい王族の男側だけである。典型的な男尊女卑思想の自国は女の重婚を認めていない。
僕が彼女を妻にしたら、朴念仁の長兄はまだしも、次兄がめちゃめちゃ煩く荒れ狂い、女側の重婚を強行採決そうだ。その前に何かしらの手を打たなければ。
折角ドローレスと対等に愛し合えるよう綺麗に身辺整理したのに。無駄なイザコザは要らない。
もしもの時は……と、考えてるうちに結論がどうしても血生臭い方向に傾き、思考を中断する。
あー、やだやだ。
癖になった解決方法を振り払い、出来る限り平和的な解決方法を探った。
結論、色んな女を彼らにあてがう事に着地する。僕らは僕らのペースで愛を育むから、兄たちにはせいぜい世継ぎ作りに精を出してほしい。




