7. 私の可愛いロリータ
三人称視点
場所は繁華街から一本脇に逸れた飲み屋である。
隠れるように佇むそこは会員制で、国の上層部の限られた人間しか入店を認められない。いくら金を積んでも入手できない酒が壁一面に並び、入店と同時に男二人はそれを目で楽しんだ。
最奥の部屋、いわゆるVIPルームへと進み、広い室内にも関わらず男たちは隣に肩を並べた。いくつか料理を注文し、リラックスでもするようにネクタイを緩め、首元のボタンを外す。
これから始まるのはめくるめくBLの世界……ではなく、盛大なる反省会であった。
「なんなのお前、ほんと、なんなの?」
言い募る男……ライネリオにもう一人の男、リカルドが涼しい笑みを浮かべた。
「なんなの、とは?」
「来て早々いきなり不貞裁判とか。脇甘すぎんだろ。めったくそ焦ったわ」
「私もびっくりしたさ。ちょっと観光に来ていたら突然捕まって。身に覚えもない罪でアソコがなくなるとかゾッとするよね」
「笑ってんじゃねー。マジで、もう二度と心配させんな。女遊びももっとうまくやれよ」
「うまくやってるさ。現に節度は守ってるし。お互い遊びだよ」
「遊びじゃない子は?」
「……そりゃあ、当然、責任をとるさ」
敢えて確かめ、想像するように、ゆっくりと区切った言葉にライネリオは眉を寄せる。
「それって昔から話に出るロリータちゃんか?」
「まあね」
十年来の知り合いであるライネリオとリカルドは互いに女性遍歴が凄まじい。常に片手で足りない数の女性と関係を持ち、その面でルーズなところは気が合った。
しかしリカルドの口から出る女の名前は、この十年「ロリータ」ただ一人である。しかもその思い出は悲しいことに更新されず、ずっと少女時代のロリータを語るだけだ。
成長したであろうロリータにコンタクトを取らないのか、ライネリオは純粋に疑問であった。……実際のロリータに会うまでは。
「お前のロリータって」
グッとリカルドが唇を噛む。何かを耐えるように笑顔を作るが非常に嘘くさくライネリオの目には映った。
「あれだろ、ドローレス」
「…………ブハッ」
容赦無く確信を突くと、リカルドが酒を吹く。酒がおかしな器官に潜り込んだようで、苦しそうに何度かむせて、苦々しい顔を持ち上げた。いつもの笑顔が消えた。
「なんで」
「や、普通にわかるっしょ。ライラックの髪色とか珍しいし。聞いた話はガキん時のだけど、あの気の強さは生来のもんだろ」
「…………違う、と言ったら?」
「違わないね。つか、ドローレスにだけ態度極端じゃん。女なら誰でも見境なく周りに囲うくせに、あのツンツンした態度なんなの。折角ナイスアシストで二人きりの場をセッティングしたのに追い出すとか。本命には素直になれない?……ガキかよ」
「彼女を寄越したのは、君の仕業か」
「親友の思い人ってわかったらサポートくらいすんじゃん。……意味なかったけどな」
「……いや、普通に無理だから。何年越しだと思ってるのさ」
「拗らせてんのね。つらー。そんなんだから兄貴に取られるんだぞ」
「…………」
返す言葉もなくリカルドは黙る。実際何年越しなのだ。時折社交の場で彼女を見かけたが声をかけることなど出来なかった。彼女と踊る男たちがどれほど恨めしかったか、心臓がぎゅっと痛い。
ルーベンがドローレスを婚約者だと告げた際、リカルドの中で暴風雨が荒れ狂った。こちらを見るよう女性たちを脇に寄せ注目を促したつもりだが、彼女の瞳に自分は映らなかった。
そして今回も。
「第二王子だってのも気づいてねーし。なんなの、あの女も。頭おかしい」
「おかしくない。彼女のことを悪く言うな」
「いやいやいや」
「彼女は、聡明な人だ。きっと私の反応を試して、……駆け引きをしているんだ。だから私も」
「いやいやいや」
やっベーな、こいつ。と言う感想を抱く。
ライネリオから見ると明らかに脈がないのがわかる。完全にリカルドの独り相撲、空回りである。この十年、一体何をして来たのか本気で問いたい。ドローレスはリカルドの存在すら認識していない。
「や、あの女。思うに男に興味ないぜ」
「なぜそう思う?」
「この前、飲みに誘ったんだが全然そういう雰囲気になんねえし。ちょっと冗談を言ったらアソコ踏まれるし。普通そこまでやるか? おかしいだろ?」
「…………は? 今、なんて?」
「やべ」
暗い笑みを湛えてにっこりと笑うリカルドに鳥肌がたった。脈がないからやめとけ、と説得したつもりが逆効果なところに被弾した。地雷を踏んだと悟り、ライネリオは慌てる。
「や、そうじゃなくてもあの女誤解してるし。マジで望み薄だから」
「誤解?」
「俺たちがゲイだって」
「はあ?」
心当たりがないリカルドは首を傾げる。ライネリオも同様に不思議だが、なんとなくそう言う目で見ているのがわかった。あの生暖かい目が意外にも胸にくる。
観光と偽って、実はドローレスの様子を見に来た健気なリカルド。
望みはフグ刺しくらい薄いが、少しでも報われる日が来ることを親友ながらに願うのであった。




