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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
一章 令嬢と侍女編
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5. アルマ独白

アルマ視点

 皆さんこんにちは、アルマです。

 突然ですが僕は心身共に男です。


 僕には女性になりたいという願望はないし、女装癖もない。勿論男が好きなわけでもない。ないない尽くしの僕が何故今こうしてロラちゃんの侍女をしているのか。

 これには聞くも涙語るも涙の深い深い理由があるのだ。


 嘘、盛りすぎた。泣くのは語り手の僕だけだ。多くのものにとってきっと喜劇だろう。


「だってロラちゃん、極度の男嫌いなんだもの……」


 ドローレスは本気で男が嫌いだ。いや、興味がない。本人も偏見を持っていると自覚しているが、それ以上に拗らせている。

 しかしその拗らせはドローレスを囲む環境を思えばそうなるのも当然と言える。

 美しい氷の女王と揶揄されるドローレスは男子生徒の憧れの的だ。髪の先から爪先まで全てが男の理想とするそれで、彼女を組み敷きたいと願う者が何と多いことか。婚約者の有無など全く関係がない。

 何度も危うい目に遭い、何度も信頼を裏切られ続ければ、男を見る目が変わるのも当たり前だ。

 幸いにも彼女の類稀なる護身術と話術で大事には至っていないが。

 二階から簡単に飛び降りるのもそのせいだ。飛び降りなければならない状況に慣れているのだ。


 ドローレスと初めて会った夏休み。僕にとっては生涯忘れることも出来ない、小説のワンシーンのように衝撃的なものだった。

 ドローレスには「へー、そんなことあったかしら」と言われるくらい認識に差があるが。


 あの時、僕はちょっとした事件に巻き込まれていた。

 追跡者から逃げている最中に足を滑らせ、湖に落ちてしまったのだ。その湖は畔だと言うのに背が立たない程度には深かった。普段ならば難なく泳げる水深だったが、不運にも僕は身体中に石を積んでいた。見かけに反してかなりの重量を持つ石はどんどん体を水面から遠ざけていく。

 急に落ちたので酸素が十分でない僕の肺は早くも限界を告げた。酸素の足りない脳みそは正常に機能してくれない。

 ほとんどパニックになりながら石を外そうと水の中でもがくが、指先も指示通り動いてくれずどんどん焦りが募るばかりだ。

「もうだめだ」と、泣きそうになったその時、突然目の前に美しい人魚が現れたのだ。

 透明な水面に透き通るような神秘的な髪を靡かせて、人魚は慌てる僕の口元に人差し指を当てた。「落ち着きなさい」と。

 続いて僕の体を柔らかな体で包み、地上を目指そうとするが、彼女の力で持ってしても重かったらしい。

 僅かに眉を寄せて、何事か言ってどこかに行ってしまった。あっさりと僕を見捨てたのだ。


 ……違う。


 人魚は湖面に顔を出し、すぐに僕の元に戻って来た。

 そして、


「──ッ!」


 唇に柔らかな感触があたり、そこから空気が送り込まれる。

 酸素が運ばれたのだと理解するよりも早く、その甘い甘い感触に脳が沸騰した。彼女は僕の幾分余裕の出た顔色を確認して、体に括られた石を取り外す作業に移る。一つ一つ外していき、彼女も息が続かなくなってくる。

 また湖面に行き酸素を吸うと、僕に目を向ける。


「…………んッ」


 また一つ口づけが落とされ、心地よい感触に手足が痺れた。いつしか僕の手は彼女の頬に伸びて「もっと」と口づけを強請る。

 彼女は僕を助けようと一生懸命石を外そうと奮闘しているのに、僕ばかりが呑気に快楽に溺れた。今思うと当時の自分をぶん殴りたい。

 彼女は冷めた目で僕を見て、何度か地上を行き来して僕に酸素を送る。やっと全ての石が外され、「もう終わってしまうのか」と言う非常に残念な気持ちを抱いて僕たちは湖から顔を出した。

 彼女は全裸であった。

 左手を見るとまだ結婚の証はなく、僕はその瞬間犯してしまった過ちに気づいた。火照った体に急に震えが走り、顔が強張る。


 婚姻前の、まだ穢れを知らない女性に、僕はなんてことを。


 キスを何度か交わし、彼女は人魚ではなく生身の人間であると言うことが知れた。しかし彼女は人魚と間違えるほどに全ての造形が美しい。

 芸術品を前にしているような完璧な造形美にいつしか心は奪われる。


 僕の無事を確認した彼女は何も言わず、湖から出る。木に引っ掛けていた白いワンピースをさっと被りそのまま去って行こうとするので僕は慌てた。

 あっさりしすぎている。


「ちょっと、待って!」

「……嫌」


 面倒だと言う彼女の手を無理やり握り、僕の方を向かせる。地上で見る彼女もまた綺麗だ。彼女の瞳が絶対零度に冷え込む。


「あの、助けてくれてありがとう」

「……どういたしまして」

「女性に対しての数々の無礼、すまなかった。責任はとる」

「結構よ。それより離してくださる?」


 パシッと音を立てて彼女の手が僕の手の中から抜け出る。そのまま僕に視線を送ることなく背を向けた。

 僕が握った手を空中にひらひらと泳がせる。握られた感触を振り払うかのように。

 今まで女性にこんな扱いを受けたことのない僕には色々な意味で衝撃的であった。


 後日、僕は彼女の邸宅を訪れる。

 婚姻前の女性にした行いに詫びる手法は一つ。彼女も僕の婚約者として迎えることだ。今更一人や二人増えたからと言って大した違いはない。

 彼女は美しいが流石にあの冷たい態度に心寄せるつもりはない。殆どが責任感と義務によるものだ。

 両親に事情を話すと、すでに婚約者がいると言うのだから驚いた。心を誓った男がいるのに他の男に口づけを行ったのか。いや、あれは人命救助か。


 まあ、いい。であるならば一言詫びるだけで良くなった。


 心持ちが結構軽くなった僕は彼女の登場を来賓室で待つ。

 彼女はすぐに現れ、僕を見てやはり瞳の温度を下げた。


「先日は世話になった。一言礼を伝えたくて参った」

「……? なんのことかしら?」

「いや、ほら、先日」

「あぁ、夕食会での件ね。お構いなく」


 それでは、と彼女は優雅に一礼して踵を返した。

 僕にとっては一大事件の一コマが彼女の中では完全に無かったことになっている。それどころかどこの誰かもわからない男の記憶に塗り替えられた。

 筆舌尽くしがたい屈辱が喉から腹に駆け抜けて、僕はその後信じられない行動を取ることになる。

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