6. 判決の日
我ながら探偵の真似事は向いていない。
猶予は一日しかないというのに、証拠を集めろだなんて。
街の中をブラブラしていたら偶然仕事終わりだというアルマと会った。私を見るや否や尻尾を振って駆け寄ってくる。
「ロラ、早いね。もう帰り? 一緒帰ろー」
「まだお昼よ。これでも仕事中なの」
「ウロウロしてるだけに見えたけど?」
ここでも無能を告げられ、グサッと心にナイフが刺さる。
「ちょっと考え中なのよ。どうやって攻めればいいのかわからなくて」
「手伝おうか? どんな案件なの?」
「ダメよ。守秘義務があるから。アルマは先に帰ってて」
「やだ。折角会ったんだから仕事ついでにデートしよ」
ぐいっと腕を絡められ肩と肩がぶつかる。「エヘ」とあどけない笑顔を見せるアルマが超絶に可愛い。喉奥から溢れ出る愛おしさをなんとか堪えてやり過ごした。
硬く絡んだ腕を振りほどくことが出来ず、されるがまま歩く。彼女は口笛を吹くくらいに上機嫌である。
「あのさ、ロラ」
「うん」
「大好きだよ」
飽きることのない愛の言葉に曖昧に頷いた。道の往来でその言葉に返事をするほどまだ達観していない。
演技であれば言える言葉も、意味を持った途端発するのに躊躇してしまう。言おうとすると本気で熱が上がってくるので事前準備が必要だ。
「わ、私も……」
しかし言わないのも卑怯な気がして、何とかひねり出した。こんな騒がしい繁華街で聞こえたかどうかもわからず、恥ずかしさに心臓を痛めながら隣を見ると。
見る前にぐいっと抱きしめられた。
彼女の顔を見ることが叶わず、けれど痛いくらいの抱擁が私を包む。トットットッと早鐘のような心臓の音が響き、これは一体どちらの音なのかと思う。
「……もうダメ。可愛い」
「アルマ、離して。こんなところで」
「今すぐキスしたい。……あと、え、エッチなことも。ロラとの赤ちゃんが欲しい」
「…………」
「あ、あ、あ、……も、ももも、勿論そそそれは結婚してからだけどッ」
「…………」
「…………(ヒィッ)、ろ、ロロロロラが嫌だったら、無理にはッ」
「…………」
思わず無言になった私にアルマが声にならない悲鳴をあげた。いや、そんなことよりもアルマの言葉をきっかけに天啓が降りたのだ。
「……赤ちゃん」
あうあうと涙目になるアルマに「それじゃ、またね」と手を振りその場を後にした。……背後で誰かが地面に崩れ落ちた。
そして裁判当日。
リカルドは相変わらず留置所(疑問)で優雅にお茶を楽しんでいた。
彼の両サイドには検察官である女性が座り、互いに密着して乳繰り合っている。片方の女性の手には大きく「勝訴」と書かれた紙が握られていた。
品位を疑うその光景に私も、隣のライネリオもげんなりと半目になる。彼氏があんなんで可哀想に。
リカルドの勝利が確定したのは今朝のことだ。被告人席に立つ以前に、出廷の前段階で控訴が取り下げられたのだ。
それは何故か。もう一人の被告人、娘の虚言であることが確定したからだ。
昨日、私がいなくなってからライネリオたちは関係者の洗い出しを行った。娘と関係のある男たちを羅列し、使用人たちに手練手管を駆使して真実を暴き出す。
それと同時に私は娘の通う産科を訪れた。初めは個人情報保護の観点から開示してもらえなかったが、後から追いかけてきたアルマが可愛くおねだりして何事もなく見せてくれた。天使、こっわ。
あらゆる証拠が揃い、別の留置所に拘束されている娘へ向かうと、既にもぬけの殻であった。
初めから一時しのぎの虚言であったようで、早々に本当の浮気相手と共に逃亡していたのだ。
手を貸したのは無論父親の大統領である。いくら罪人とはいえ、実の娘がむごい目に合うのは耐えられないと、裏で脱走の手引きをしたのだ。
実際不貞の罰は処刑まではいかずとも、人によってはそれ以上の意味になる厳罰だ。大統領も責任をとり辞任。
これらが全て一晩のうちに起きたので国内はてんやわんやの騒ぎである。外務省もハチの巣をつついたような騒がしさで、正直こんなことしてないで帰りたい。倍増する仕事量を思うとゾッとする。
「浮気相手は、お嬢様の幼馴染でございましたのね」
ライネリオへと、事実を確認すると突然部屋がシンとなった。
もっと勝利を噛みしめたいリカルドと検察官の女性、早く仕事に戻りたいライネリオと私。その両者で微妙に視線が交わり誰からともなくため息を出た。
上司が私の意志を継ぐ。
「そうだ。つーか元々幼馴染との方が恋仲なんだよ。長年恋人だったのに庭師である幼馴染じゃ身分が釣り合わねえ。娘の幸せを願って、親が勝手に領主の息子と婚姻を結んだんだ。金さえありゃ幸せだろっつー自分らの価値観でな」
「そういえば旦那さんの素性が割れませんでしたが、どなたなのかしら? 重婚制度があるのに、妻の権利は認めないってずるいですわ」
「男なんてそんなもんだ。愛する妻をシェアするってなかなか腹に溜まるぜ」
「へー」
やっぱどうでもいいな、と頷くとライネリオが脇から小突く。
「そういうお前は? どうやって虚偽だと知った」
「以前お嬢様を見かけたことがございまして。それで少々気になりましたの」
「なんだ?」
「お嬢様はお忍びで教会を訪れてらっしゃいましたわ。あの時は気にも止めずにおりましたが、調べた結果、安産祈祷を行う祭事に出席されていたのです。安産祈祷は妊娠五ヶ月目の祝いの日に行うのですわ。……だから、計算があわないと」
「?」
「カルテを見せて頂いたところ、お嬢様は妊娠七ヶ月、……二四週目でしたわ」
「さっぱり分かんねー。リカルドが来たのが七ヶ月前だから計算はぴったりじゃん?」
「殿方は本当にこういう話に疎くていらっしゃるわね。妊娠は最終月経から一ヶ月目と数えるのですわ。もしリカルドさんがお相手でしたら八ヶ月に入ってるはずなのです」
「…………」
「とはいえ、誤差とはぐらかされればそれまでで。もし納得して頂けないのでしたら、赤ちゃんが産まれるのを待つつもりでしたわ」
ふと、リカルドへ視線を移すと彼は一瞬怯んだ。すぐに嘘くさい笑みに戻ったが。
「その、瞳の金色も気になってましたの。シルヴェニスタ国民は皆瞳が金色ですが、透き通る蜂蜜色は高貴な血族の表れですわ。リカルドさんって王族の方なのかしら?」
「…………ゲホッ」
「…………ンッ」
男二人が急にむせたので首を傾げる。隣で「お前、マジか」とかなりドン引いた視線を送られたが無視をした。
「金色と申し上げましても、種類が多様で蜂蜜色からマットな色まで幅が広いのです。しかもシルヴェニスタの瞳の色は優性遺伝子なので形に現れますわ。同じ国民同士であれば融合もあり得ましょうが、他国民との交配ならば蜂蜜色の目をした赤子が生まれるはず。そうでないのなら、相手は別の殿方ということに」
そう話したが、話している途中で目の前の男の瞳が氷のように冷え切った。口元に笑みは浮かんでいるが明らかに私に対して敵意を抱いている。
不思議に思って、対抗するように睨んだが、それと同時に乱暴に上司により腕を引かれる。
「お前、……薄情な女だな」
「なんのことでしょう?」
「帰れ。フォローは俺がする」
またポイっと部屋から放られて、流石に二度目となると呆然とした。今の流れ、私に落ち度はあったか?
始め王族と思っていなかったため、不遜な態度になっていたかもしれない。二度と会うことはないだろうが、可能な限り顔ぐらいは覚えてやろう。
そう思って私は留置所(絶対違う)を後にした。




