5. 理解のあるドローレス
そして裁判を翌日に迎えた今日、私もライネリオも揃って痺れを切らした。
いつも私一人で訪問していた留置所(仮)であったが、部下の不出来を嘆いた上司が同行してくれることになったのだ。
開扉直後、タイミングを合わせたかのようにリカルドが女性と抱き合う。私を見て、目だけで「帰れ」と微笑み、しかし私の隣に並ぶライネリオを見て表情を一変させた。
「ライネリオ」
「遊ぶのもいい加減にしろ。そんなんしてる場合じゃねーだろ」
「……君が来たのなら、仕方ないな。わかったよ」
上司の一言にあっさりと観念し、リカルドは両手を上げた。ここ数日の私の働きは一体何だったのだ。自分の無能さに衝撃を受けすぎて違和感の正体を掴み損ねた。
リカルドは女性の体から手を離すと、優しく「続きはまた夜に」と囁く。低音の耳に心地よい声色が、離れた場所にいる私たちにも届いた。
いや、あえて聞かされているような。ライネリオも同じ感想を抱いたようで眉間のシワがますます深くなる。
女性は元の定位置である記録席に着席した。気を取り直して此度の事情を伺うと、リカルドはやや湿った息を漏らす。ライネリオとはまた違った色気のある男だ。
「今回の妊娠騒動については僕は無実だよ」
普通にスルッと確信が告げられた。ずっとずっと聞きたかった答えがやっと彼の口から紡がれる。
私の方を一切見ず、リカルドは淡々とライネリオへと自身の無実を訴えた。
「前回、僕がタリタンを訪れたのは七ヶ月前。二、三日滞在しただけですぐ帰ったけど」
「確かだな」
「パスポートの出入国印を見ればわかるだろう? それ以外に来る用事なかったし」
「七ヶ月前、その時は何しに来たんだ。大統領の娘と逢引のためではないのか?」
不意にリカルドが私の方を見る。私の反応を見るその金色の揺らめきはルーベンやアルマに似ている。金色の瞳の揺らぎは割と印象に残る。
私の反応を面白くなく思ったらしい、貼り付けたような笑みを作り、視線をライネリオへと戻す。
「別に。相談に乗って欲しいって言われて話しただけさ。相手が相手だったし、そのくらいの分別はある。と言ってもホテルで一晩一緒に過ごしたのは本当だから、証人も証拠もないけどね」
「相談とは?」
「そんな昔のこと忘れたなあ。多分旦那の愚痴とかそんなとこだったと思う」
「避妊は?」
「だから、行為自体ないと言っている。君もそういうことは気をつけてるだろう?」
「まあな」
ライネリオはタバコを取り出し、厚めの唇に咥える。公務で来ているのにタバコはいいのか、と疑問を抱いていたら、リカルドが突然乱暴に机を蹴り上げた。
今まで穏やかだった男が、前兆なく顔を顰め暴挙に出たので咄嗟に肩を竦める。しかしライネリオは一瞬動きを止めた後、タバコをそっと箱に戻した。その目と目で会話する二人の様子に、私はやっと違和感の一つに気づいた。
とはいえ、裁判の本筋と関係がないため、その辺りの言及は気が向いたら行おう。っていうかさほど興味ないし。
「その、当該のお嬢様とは今回の渡航でお会いしたのでしょうか?」
証拠も証人もないのに無実は主張しづらい。ある程度の裏付けが欲しい。……しかし実は圧倒的に揺るぎない証拠が既にあるのだが。その証拠がどっちに転ぶかわからない今、口に出さない方が賢明か。
考えを巡らせながらリカルドに問うと、彼は「バカは黙っててくれないか」と睨まれた。答える気皆無の口をきつく結ぶ様子に、やっと私が彼に嫌われているのだと気づいた。
自分が何をしたのか心当たりがないが、知らないうちに嫌われているのは慣れている。性格が悪い自覚はあるため特にめげずして質問を重ねる。
「リカルドさんはずっと自国に戻っていらっしゃったのよね。しかし当裁判の参考人として招集をかけられた、そうですわね」
「……君、うるさいから黙って」
「それともお嬢様を連れて逃亡、なんて選択肢があるのでしょうか? タリタンの不貞に対する罰則はシルヴェニスタとは考えられないくらい重いので。わざわざ罰を受けるため渡航するなんてやや不自然な気が」
「……女性を傷つけたのなら、男として責任はあるからね。っていうか黙って」
「黙りません。今の言葉、傷つける程度の行為があったと認識されますよ。行為の有無、お二人の気持ちの差異、文化の違い、この辺りを落とし込めば、ある程度の情状酌量を認められるのでは」
「ドローレス」
話しているうちに、どんどんリカルドの顔色が悪くなる。作り笑顔を貼り付けたまま赤くなったり青くなったりと色を変え、ついには両手で覆い膝の上に首を落としてしまった。討ち取ったり、……ってそうじゃない。
不貞男の突然の落ち込みを不思議に思って観察していたら、刹那後頭部にチョップが落ちて来た。先ほど私の言葉を強引に打ち切った上司である。
彼は落胆の色を滲ませ、大きくため息をついた。
「お前ら、どうしてそうなんだよ」
「なんの話でしょう?」
「つーか、今の流れはドローレスが悪い。俺も男だからわかるが、本当にこの男は無罪だ。大体リカルドには本命が別にいるんだ。他の女を孕ませるなんてヘマはしない」
「へー」
「無能なお前は退場」
「え?」
その言葉と共にポイっと部屋から放り出される。
「お前は別方面から証拠を集めろ。あいつからの言質は俺が取る」
そう言われて、ライネリオの瞳に不思議な色が灯った。扉が閉まる直前、見つめ合う二人の姿が見えて、私の違和感は確信に変わる。
……BLだ。
薔薇色に染まる二人の雰囲気に配慮し、私は部屋に背を向ける。
違和感とは初めからライネリオが「リカルドは無実である」ことに自信を持っていた点だ。公平性など欠片もなく、リカルドの事情を聞いてこい、と私を送り込んだ。
二人は顔馴染みであったのだ。しかも単なる知り合いというには深すぎる間柄。現に文化がわからないとか言っておいて、実際にはスムーズにコミュニケーションが取れている。
同性愛は合理主義に反し、未だマイノリティで嫌悪の対象だ。その風潮を心配して私を間に据えたのだ。
別に応援するつもりはないが、静かに見守ってやろう。何故なら私も同じ穴のムジナだからだ。アルマと私もまた、同性愛者なのだから。




