4. 2番目の金色
「仕事だ。来い」
夜中であるのに同僚に呼び出され、やむ得ず支度をする。アルマが心配そうにベッドから顔を覗かせたが「先に寝てて」と手を振った。
気持ちの良い夜風を受けながら本省へと向かうと、事務所にランタンの火が灯っていた。盗人でも入ったかのように、おびただしい数の書類が床に散らばっている。書類の中央にあるテーブルで男が忙しそうに本のページを捲っていた。ライネリオだ。
私に気づかず調べ物をしているのでやむ得ず声をかける。私とライネリオ以外この場にはいない。
「ライネリオさん、参りましたわ。何か私の仕事に不備がございました?」
「ん、来たか。座れ」
促されて対面の椅子に座ると、彼は手を止めずに話を進める。
「ちょっとした事件が起きた。手伝え」
「承知しました。事件とはどのようなものでしょう?」
「大統領の娘が妊娠したらしい」
「まあ、おめでたいことですわね」
「そんな呑気な話じゃない。その妊娠させた男が問題なんだ。娘の旦那が言うには娘とは肉体関係がなく、妊娠はあり得ないと」
「……では第二の旦那さんかしら? タリタンは重婚認めてますでしょう?」
「両者の合意があったら、の話だ。ないのなら不貞行為で罪になる」
「へー」
意外にめんどくさ。自由の国タリタン、自由から道を外れると厳しく罰せられる。なかなかに両極端な思想のお国である。
「お相手、とやらは検討がついてるのでしょうか?」
「ああ」
「ではその浮気相手が留置所に入れられてるわけですわね。娘を拐かした罰として。しかしその案件でしたら法務省では? 判例に明るくはありませんわよ」
「浮気相手が外国人なんだ」
「あ、通訳ですわね」
「そうだ」
大統領の娘に手を出すってなかなか豪胆な男である。配偶者がいると知って近づいたのであればある意味その勇気に平伏してしまう。まあ、褒められたことでは決してないのだが。
「まだ留置所で尋問中のはずだ。しかし言葉の壁があるから上手いこと進んでいないらしい。浮気相手は厄介な立場なもんでな」
「言語ならば、その娘に通訳を願えば良いのでは?」
「男女の会話なんて体で成り立つだろ。娘もわかんねえよ。……シルヴェニスタ語なんて」
「……シルヴェニスタ」
シルヴェニスタ語は第二言語として学ぶ国が多いが、タリタンは事情が違う。タリタンもシルヴェニスタに肩を並べる大国で、まして海上で独自の文化を築いている。
貿易こそ行なっているが、自国の言語だけで事足りるタリタンはわざわざ他国の言語など学ばない。外語が話せるのは外務省の職員くらいなものだ。
「シルヴェニスタで育ったお前が適任だろ。他の奴でも言葉の意味はわかるだろうが、他国の思想文化まではわからんから裁判がどうしても一方的になっちまう。公平な判断で意見を聞き、弁護士まで話を回せ」
「かしこまりました」
彼の話ぶりにちょっとした違和感を抱く。その違和感の正体を突き止めることが出来ず、有耶無耶なまま留置所へと向かった。
留置所?
天井のシャンデリアを見て、宗教色溢れる絵画を見て、豊満な肢体の聖母像を見て、高級そうな大理石を見て、宝石で彩られた応接机を見て、やっと視線を目の前の男へと移す。
男は始終柔和な笑みを浮かべていた。肩甲骨まで流れる金色の髪、ややたれ目気味である金色の瞳には長い睫毛が華やかさを添えている。
金色、金色、金色、……紛れもなく純血のシルヴェニスタ国民の特徴である。
留置所とは思えない豪奢な部屋が男によく似合っていた。検察官の女性が頬を赤らめながら必死に事情を聞いている。取り調べ側にも関わらず。
浮気相手は超絶に美男子なのだ。
大統領の娘が体を預けたと言っても何の疑問も抱かないほどに。私も彼とベッドを共にしたい。…………って女性が調書に書いてる。
いやいやいや。個人的主観を公的文書に残しちゃダメでしょ。
やや呆れながら私も椅子に座り、簡単に挨拶を済ませた。
「外務省から参りましたドローレスですわ。言語の面で円滑に調書の作成が出来ないとお聞きしましたので、通訳として同席いたしますわ」
「私はリカルド。君、早速で悪いけど」
「はい」
「帰ってくれるかな? 今はこちらの女性と愛を語らってるところだから」
「はい?」
「邪魔」と言われて、強引に部屋を追い出される。っていうかリカルドだけじゃなく女性からも結構な力で背中を押された。
中から鍵をかけられ、成す術もなく部屋の前に立ち尽くした。
翌日も、その翌日も、そのまた翌日も、留置所(?)を訪れたがその度に女性との密会中で追い出された。私だって男女の情事を好んで見たいわけがない。
仕事なのだ。通訳しろって言われたのだ。
行くたびに違う女性と抱き合っていて、調書にはリカルドが如何に素敵な男性かという記述が並ぶ。妄想気味の家系図まで書かれていた時は若干引いた。リカルドを主人にして孫の代まで記されている。熱意が半端ない。
そしてついに雷が落ちた。ライネリオが怒り心頭に私を叱責する。
仕事ができていないのだから仕方がない。裁判まで日がないというのに、ここ数日いちゃつく現場を見てとんぼ返りを繰り返しているだけだから。
「何やってんだよ、あいつはッ」
苛立ちをつのらせた上司は、私ではない誰かに唇を歪めた。




