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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
三部 タリタン編
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3. 新しい仕事

 ライネリオとの一件の後、彼はやたら構うようになってきた。

 私より早く登庁し、山になった書類の頂を眺めてはからかってくる。上司のデスクではなく私の隣にどっかりと座り、あれこれ指示を出してくるのでうざったい。

 お茶出しも邪魔してくるし、就業前の支度が整わず苛立ちが募る。


「どいてくださる? 通れませんわ」

「つか、気になってんだけどお茶って何だよ。業務に必要か?」

「え? ペドロさんが新人の仕事だと」

「備品準備も。ちゃんと管理課あんだろ」

「セネスさんが私に委託すると」

「会議室は担当者が設置すんだよ。何でスケジュールも管理してんの」

「これは、ナタリアさんとリッカさんがそうしろって」

「バカか」


 進行を妨げるように長い足で出口を蹴り上げた。

 給湯室でお茶を準備し、事務所に向かおうにもライネリオが妨害してくる。侵入防止柵のように横断する足の下をくぐると、盛大に舌打ちされた。


「マジなとこ、お茶出し文化なんぞねえよ。遊ばれてるってわかんねえの?」

「ついてこないでくださいな」

「真面目なとこは大いに賞賛に値するが、お前がそうすることで別の反感も買ってんだぞ。いらん敵意を増やすな」

「反感?」

「男人気がうなぎ登りってやつ? 女どもがウッセーのなんの。点数稼ぎだの色目使ってるだの」

「そんな意図はございません」

「わかる、それは。実際俺に何のアクションもねえしな」


 神妙に頷いたライネリオが不可解で、半目になって振り返ると彼は眉間にシワを寄せて微笑む。今日も朝からタバコ臭い。


「これでも俺、結構モテるよ? 容姿端麗、才色兼備、金もある。女はみんな嫁になりたがるからパートナーは両手で足りんし」

「へー」


 確かに一般的には美麗な容姿なのだろう。色気漂うダンディズムがたまらない、と女性職員が言っていた。

 単なる女自慢に返す言葉もなく無視をすると、やはりライネリオが笑う。


「そいや、リカルドは元気か?」

「誰でしょう?」

「マジか。お前んとこの第二王子だろ」

「…………(いたか、そんなの?)」


 またわからんワードが入ってきたが、いい加減無視した。この男と話していても生産性がなく、イライラするだけ。

 次第に同僚が事務所を賑やかにし、私も粛々と業務に取り掛かった。




 今日は早めに終業することが出来た。


 店じまいをする繁華街を歩いていたら、突然巨大な人垣が現れた。


 その名の通りまさしく人の壁で二重三重に組まれた人垣の脇を抜けると、隙間からあの天使の姿が見える。

 驚いて凝視すると、ほぼ同時に天使もこちらに気づいて手を振った。

 そして一拍置いて理解する。この人垣はアルマ教信者の人たちである。自国に本部をおいて、タリタンにも聖アルマ教会支部を設立している最中なのだ。

 どこに行っても無自覚な布教活動、誠に理解に苦しむ。殆ど呆れ半分で人垣に身を突っ込むと、アルマの立つ簡易的なステージが見えた。


「あら?」


 思ってたのと違う。

 赤い絨毯が敷かれた壇上で、細身のアルマと屈強な大男がナイフを片手に向かい合っている。

 それを目にした瞬間歓声と怒号が湧き上がり耳を劈いた。興奮した人々は口汚い言葉で喚き、拳を振り上げた。


「アルマちゃ〜ん(ハート)」「天使〜(ハート)」と、学園では散々聞かされた黄色い声とはまるで正反対の罵倒。言葉に出すにおぞましい、呪詛の言葉に理解が追いつかなかった。


「え、……え?」


 拡声器を持った司会者らしき男が開始の声をあげ、ゴングが鳴る。

 大男がアルマを見て鼻で笑い、ナイフを振り上げた。……やっと今何が行われているのか理解してぶわりと肌が粟立つ。一気に血の気が引き、私の足は壇上へと駆け出す。


 何も知らないあの子に何てことを!!


 発端は何か知らないが、いたいけな少女を嬲って楽しむなんて、人のすることとは思えない。

 怒りに沸騰する頭。震える拳。人の波を強引に割って、見物客に悪態をつかれながら最前列に躍り出る。


「アルッ、……マ?」


 一瞬目を離した隙に大男の方が地面に臥せっている。 

 彼女は先ほどと全く位置を変えず、のんびりと壇上に立ったまま。くるりとナイフを手の中で回転させた。


 優雅に微笑み、観客へ芝居がかった仕草でお辞儀をする。その瞬間、観客たちが持っていたチケットを空中に投げ捨てた。称賛の声と罵倒の叫びが再度上がり耳が痛い。

 彼女を助けるために振り上げた拳は行き場を無くし、「あらあら?」と壇上に目を向けると、アルマはにこりと笑った。


 その後もアルマへと向かう男たちは続き、彼女は涼しい顔をして倒していく。ちょっと歩くくらいの気軽さで、襲いかかる男の懐に潜り、ナイフの柄の部分を鳩尾に埋め込む。或いは男のナイフの切っ先を優雅に流して、いつの間にか体勢を変えて相手の喉元に刃先を当てている。


 その度観客側から雄叫びが上がり、金銭が飛び交った。

 ……そこでやっと気づいた。彼らは壇上二人の勝敗に金銭を賭けているのだ。そしてアルマの立ち位置は主催者側である。

 見た目ひ弱な彼女を相手に、挑戦者が次々と名乗りを上げ勝敗を競う。よく見ればアルマに勝てば賞金が出ると受付に書いてあった。決して安くないその金額に挑戦者の列は途絶えない。


 ようやく終わりを迎えたころ、死屍累々のギャンブル敗者が地面に転がっていた。そんな(精神的)死体を軽やかに踏みつけ、彼女が私の方に近寄ってくる。


「あ、見てた? これ、僕の新しい仕事〜」

「仕事って。何なのこれ、私に相談もなく。危ないじゃない!」

「え? 危ないように見えた?」


 汗一つかかず、息も切れず、本当に意外そうに私の顔を凝視する。

 手元ではずっと手慰みにナイフが回っていた。回転は止まることなく安定している。


「正直言うと見えなかったわ。貴女には意外な特技なあるのね」

「えへ。稼ぎがいいからこれにしちゃった。今日はご馳走だよ」


 上機嫌に鼻歌を歌い、徐にナイフを上空に弾いた。一瞬視界から外れたナイフを追って空を見上げるも、何故かどこにもなく消えてしまった。


 どうして? と、夕暮れの空を見ていたらふと、視界が遮られる。当然のように唇に軽くキスが降りてきて、その瞬間ナイフを投げたのはわざとなのだと悟った。


「ちょ、ちょっとアルマ。人前で」

「大丈夫。みんな死んでるから。死人に口なし」

「勝手に殺さないで。息してるわよ!」


 そう言うと彼女は楽しそうに笑うが、瞬き一つの間に瞳に影が降りる。


「でも、実際ロラに害をなす人間がいたら普通に殺せるからね」

「え?」

「僕以外が君をいじめるなんて許せない。……ロラが助けてって言ってくれたら、僕は」

「一体何のことを言ってるの?」


 怪訝に思って聞くと、彼女は「え」と瞳に光彩を戻して瞬きをする。

 何を心配しているか知らないが、私の人生すこぶる順調である。


 足取り軽く家路につくと、後ろから「え〜?」と間抜けな顔をして追いかけてきた。

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