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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
三部 タリタン編
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2. かなり嫌いなタイプ

 案内されたのは飲み屋街から一本脇に逸れた裏路地である。一見お断りの様相が漂う高級そうな酒所。

 海に溶ける前の夕日の眩しい光が、男の髪を赤く染める。ライネリオの髪色は燃え上がる炎ようなローズマダーだ。顔はいつも不機嫌そうに歪んでおり、強面に分類されるだろう。


「おい」


 ライネリオがこちらを振り返り、舌打ちで不快を表現する。されるがままに引っ張られていたが、離してほしいと訴えた。流石に日が沈む前にお酒を飲む気にはなれない。

 タリタンはお国柄というべきか、あらゆるルールやマナーが緩い。就業時間でもノルマさえ終わってしまえば早退が認められているし、逆に遅刻も問題ない。

 アルコールや喫煙についても成人済みという縛りがなく、例え子供であっても自由に嗜むことができた。

 

 自由、といえば聞こえがいいが要は全て自己責任なのだ。

 仕事の失敗も、お酒で失態を犯しても、病に罹っても、全て自己管理の元起こるので仕方ないという風潮である。


 自己責任であるのならば、余計に仕事の方に手を回したい。上司であるライネリオの顔を立てようと思ってここまでついてきたが、考えを改めた。


「申し訳ありませんが、やはり戻りますわ」

「……帰すかよ」


 一礼して踵を帰すと、その瞬間体が宙に浮いた。「え?」と疑問が言葉として発せられる前に視界がひっくり返る。

 髪が重力に従ってライネリオの背中に落ちて、やっと私が彼に抱えられていることを理解した。太ももを片手で抱かれ、男の肩の上で前屈の姿勢に腰が折れる。……ギョッとした。


「……ちょっとッ」

「あー、暴れんな。触りすぎちまうだろ」

「いくら部下相手でも無礼ですわ! 離して下さいッ」

「なら大人しくしてろ。説教だっつったろ。これも仕事のうちだ」

「……くッ!」


 有無を言わさず店へと入り、しんと静まり返った店内に思わず口をつぐむ。品の良さそうな紳士淑女の語らいの場に怒声を上げることができない。ずるい。

 店員に案内され、奥の個室へと進む。悔しさが腹の中で暴れまわり、部屋に入ったらできる限りの罵声を発しようと思った。

 葦でできた簾を潜ると革張りのソファーがあり、そこに乱暴に投げられた。勢いのまま壁に頭をぶつけそうになり、恨みを込めて睨む。しかし彼は意に介さず退路を断つように入り口側に座った。


「ほら、注文」

「帰ります。どいてくださる?」

「逃げんならこの場で犯す」

「はい?」

「冗談。他の男のものに手を付けるわけねえだろ。……いいから頼め。おごりだ」

「男に施しを受けるほど落ちぶれておりません。それにこんな状況、折角のご馳走も美味しく食べられるわけありませんわ」

「俺、上司。命令」

「キー! むっかつく!!」


 嫌悪が波となって押し寄せ、我慢出来ない淀みが張り手となって顔を出す。けれど軽々とガードされ、私と応戦しながら勝手にちゃっかりと注文を済ませてしまった。

 程なくしてお酒とご馳走がテーブルに並べられ、ライネリオが「乾杯」と、杯を上げる。無視した。


 もうこうなったら食べるだけ食べてこいつの財布を空にしてやる。今日はダイエットとか気にしない。何より作ってもらった料理に罪はないしね。


 半ギレ気味にパクパクと料理を口に運び、「あら、美味しい」と頬を緩めると男が笑う。


「たんと食えよー。ただでさえ痩せてきてんだかんな」

「なんでしょう。嫌味ですか?」

「仕事に追われて食事抜いてんだろ。初めて来た時より腰が細い。他まで目張りしたら男が泣くぞ」

「はい?」


 超セクハラされてる? これは訴えていい案件か? それともお国柄的にセーフ?

 タリタンは性に関しても緩い。財力さえあれば複数名パートナーを囲うことが可能だ。

「あー、気持ちわる」と半目になりながらもぐもぐ口を動かしていると、目の前に蜂蜜色のお酒が置かれる。


「飲め」

「折角ですが、お酒は嗜みませんの」

「そんな成りして苦手か。悉く期待を裏切るんだな」

「セクハラ、アルハラ、モラハラ、スリーアウトで訴えますわよ」


 ライネリオが愉快そうに肩で笑う。眉間にシワを刻みつつも、茜色の瞳は愉快そうに弧を描いている。もう既に酔っているのかほんのりと頬が赤い。


「そうやって、職場でもちゃんと言えよ。黙ってっからバカにされんだぞ」

「なんのことことでしょう?」

「その間抜けヅラ、まじで言ってんなら相当引くぜ。お前、ガチで虐められてんじゃん」

「いじめ……?」


 突然降って湧いた不可解なワード。心当たりがなさすぎて頭をひねる。私じゃなくて別の誰かと勘違いしてない?


「お前だけ業務量桁違いに多いだろ。周り見りゃ普通わかんだろ」

「それは私の処理が遅いからですわ」

「他の奴ら、仕事請け負った先からお前の机に置いてってるだけだぞ。何人分の処理してっか自覚ねえの?」

「案件は処理した数だけ早く覚えることができますから。先輩方の配慮では?」

「でかした帳簿がゴミ箱に捨てられたのは? 調査結果のレポート、写本取る前にコーヒー零されたよな?」

「え」

「引き継ぎもされない。教育日程もお前だけ省かれた。なんも教わってないのに職務を全うしろって無理じゃね?」

「しかしメモは頂いてますし」

「あんなんポーズだよ。ちゃんと引き継ぎましたーってな。事実手渡しじゃないだろ。それに入省してから何着服をダメにした? トイレに行って何で全身ズブ濡れで帰ってくんのか、普通おかしいって気づくだろ」

「はあ」


 確かに。

 ライネリオが述べたことは確かにあった。でも別にそれが何か?

 その一つ一つアルマによってされたことがある。完成したレポートに水を零されたり、大事な会議の伝言がなかったり、水撒きの放射を誤り全身ずぶ濡れになったり。彼女のドジは恐ろしいほどに天文学的確率で日々起きていたから。

「あー、なんかドジな人いるなー」くらいの印象しかなかった。いじめとか、そんな発想はない。


「いえ、考えすぎでは」

「お前、マジか」

「仮にそうだとして、どうして今更私に教えてくださるの?」

「まあ、俺も虐め加担側だからな。見て見ぬ振りしてるっつーか」

「へー」


 聞いた手前興味なくて気の無い返事になった。ホント、どーでもいー。むかつきすぎて上司に対する態度じゃない、そう自覚しつつも苛立ちは止まらない。

 っていうか、食べても食べてもお皿が減らない。もぐもぐしてる横でライネリオが追加注文しているからだ。


「もう、お腹に入りません」

「も少し頑張れ」

「……早く帰って横になりたいですわ」


 胃がパンパンに膨れている。喉までこみ上げる気持ち悪さに自分が食べ過ぎたことを知った。口元を押さえて隣を睨むと、彼はやはり笑っている。


「ちょっと運動するか?」

「運動?」


 その時、ある種の鳴き声が隣から聞こえて悪寒が走った。……そういう店なのだ。


「ライネリオさんの誘いにはもう今後一切乗りませんわ」

「ハハッ。気の強い女は好きだぜ」


 悪びれなく笑い、手を伸ばしてくる。鳥肌が浮かび、席を立つ振りをして男の急所を踏み潰した。

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