20. 立つ鳥跡を
「あ、それはこっちの箱に入れて」
「この本は持って行きますか?」
「それは学園に寄付するわ。嵩張るし、内容は覚えたし」
「これは?」
「捨てていいわ。……ちょっと、服ばっかり詰めないで。そんなに持ってはいけないわ」
「え、服も捨てるんですか? このエッチいのも? 僕のお気に入りのこれも?」
「そんなに好きならアルマにあげるわ。それ以外は寄付よ。殆ど着てないし」
「……誰がこんなん着るんですか。そもそも全部特注ですよね。腰周りやばいし」
盛大にため息をつかれ、片付け中のアルマを睨む。ダイエットするとか言っておいて、体重に大きな変化はない。寧ろ昨晩計ったら200グラム増えていた。おかしい。
現在アルマと共に引っ越し作業の真っ最中である。タリタンでの生活を目前に控え、私は後片付けに追われていた。
試験が前倒しになりそれに伴い合否結果も早まったので、それはもう言葉にならないほど忙しい。私の身辺整理の空気を感じてか、アルマもまた、自分の片付けを進めている。何も言わずともついて来てくれようというのだ。
本当はちゃんと言葉にするつもりだったが、日々仕事に忙殺されつい言えないままであった。
学園の卒業試験も先立って実施し、二人とも難なくパス出来た。元々紳士淑女の通う学園の勉学に苦労していない。教えているのは一般教養なので、見識を広めるというよりも、何となく惰性で通っていただけだったし。
領地管理の代行業務は祖父母に委任することとなった。祖父母とは言え、両名十分若いのだ。ではなぜ今まで私にお鉢が回って来たのかというと、「第二の人生を楽しみたいから、ロラがやりなさい」と何百回目の新婚旅行に旅立ってしまうから。両親のみならず、祖父母もかなりの自由人だ。
しかしルーベン殿下から何らかの口利きがあったらしい。手のひらクルーして代行を請け負うと言う。お陰で私は身軽に家を出れる。
……因みに後日談として、タリタンの邸宅に大量の領地業務が配送されることになる。単純に業務の運送ルートを確立した、それだけのことだったとは。この時は気づかなかった。
「衣装といえば」
ふとアルマがドレスを畳みながら私を見る。思考を中断させて、彼女の方を見ると、何やらモジモジと侍女服の裾を引っ張っている。
「僕、ちょっと背が伸びたんですよね」
「あ、そうよね。見上げるくらいになったもの。遅い成長期かしら?」
自分でも無意識のうちにアルマに女の子の成長過程を当てはめていた。体は男であることは知っているが、どうにも女の子にしか見えない。そんなフィルターが自分にはかかっている。
「……はい。それで、相談なんですけど。侍女服きつくて、動きにくいんですよね」
「それは大変。窮屈なのは嫌よね。作り直しましょうか」
「そ、そうじゃなくて……」
アルマは私の返答を聞いて目をパチクリさせる。「流石に見目が気持ち悪くないですか?」とよくわからないことを言って彼女の鞄から洋服を引っ張り出して来た。自分の肩口に合わせて、私の様子を伺う。何だか怯えているような。
アルマが持っているのは男性ものだ。
「これ、着ていいですか? う、動きやすいんで」
「いいわよ」
「え」
二つ返事で了承した私に彼女は驚く。別に他人が着るものに難癖をつけるつもりはない。何に怯えているのか知らないが、アルマが着るのであれば何でも似合うだろうし。ドレスも可愛いけれど、男装も可愛いだろう。
ウンウン頷いたがアルマは怪訝そうである。
「これ着て僕がわかんなくなる何てこと、ありません? ロラちゃん、男関係になるとまるでダメじゃないですか」
「それは否定しないけど。アルマなら大丈夫よ。だって私の大事な恋人だもの」
「…………ッ?!!」
思わぬ方向からボールを投げられアルマの顔が一瞬にして赤くなる。受け止めるどころか見えないボールがデッドボールになったらしく鳩尾を強く押さえている。
「あと、言い忘れてたけど」
「……な、何ですか」
「敬語はもういらないわ。先日話した通り、本当の主人じゃないし。主従関係は解消よ」
「…………」
「まあ、今までも散々無礼だったけど。もう取り繕わなくていいわよ。慣れない敬語も疲れたでしょう」
そう言うと、アルマは数秒考えて小さく口を開く。
「じゃ、じゃあ……敬語なくなるついでに一つお願いが」
「何でもどうぞ」
「僕もルーベン殿下みたく、ロラちゃんのこと呼びたい。ずっとずるいと思ってたから……」
またルーベン。何でそんなにライバル視しているのか、彼女の考えすぎにちょっと苦笑いになる。笑って了承を示すとアルマは嬉しそうに頬を蕩けさせた。
……そういえばルーベンとの婚約話、破棄の証書がなかなか届かない。すでに全部無かったことになっているのだろうか。始まりがなければ終わりもないのか。
「ロ、ロラ……」
「うん」
「ロラ、ロラ、……ロラ。僕の……」
「ふふ、舌がもつれそうね」
「……愛してます」
顔を赤く染めるアルマはゆっくりと私の頬に手を伸ばす。柔らかく唇が合わさり、私もそっとそれに応えた。アルマの心拍数が唇からも伝わってくる。
熱くなった手のひらがグッと私の腰を引き寄せ接触部の角度が変わった。
「……ッ」
「……ん」
アルマの舌が優しく唇に触れ、
…………その瞬間天井からクラッカーの音が盛大になった。
パンパンパンパンパンパン!
と鳴り止むことない突然の大音量に耳を抑える。アルマは私の肩を抱いたまま呆然とし、しかしすぐに見えない扉の影を恐ろしい形相で睨んだ。
「時と場合を考えろ!! お前らマジふざけんな!!!」
アルマが怒り心頭に部屋の外へ飛び出していく。あの気配のないお友達か、とそう思い至り私も外へ顔を覗かせる。いずこかに向かって走って行くアルマの周りに紙吹雪が舞っていた。相変わらずアルマ以外に人の姿は見えない。
けれども祝福されているのだと理解し、私も自然と嬉しくなる。「うふふ」と声に出した瞬間、私の真上にも色鮮やかな紙吹雪が落ちてきた。




