19. ドローレスの秘密
ノックと共にアルマが入ってきた。
先日気持ちを伝えてからというもの、妙に気恥ずかしい。可愛い天使の姿を目に収めるや否や顔に熱が上がり、視線を持っている書類に戻した。
「ロラちゃん、来たよー」
「お仕事お疲れ様。ちょっと貴女に話があって、座りましょうか」
椅子を促し、向かい合わせに座る。
私が今持っているのは今朝届いたばかりの書類である。嬉しさがこみ上げる活字が並んでおりついつい頰が緩むが、対面のアルマを見て正気に戻る。
さて、これからのことをどう伝えようか。
かなり唐突すぎる気もするし、早急に選択を強いてしまいそうな気もする。
今までアルマに嘘をついてきたのだ。一つに限らず、二つも三つも嘘を重ねてきた。そのあたりの謝罪から入るべきか、導入の方法に頭を悩ませる。
「ロラちゃん?」
不意にアルマが微笑み、蜂蜜色の瞳が甘く蕩ける。全てを許し、受け入れてくれそうな甘さに胸のつかえが溶けていく。
……怒らないで聞いてくれたらいいなー。
「その、持ってるの、何かな? すごく大事そうだね」
「うふふ。わかる? おかげで嬉しくて嬉しくてたまらないの」
「ロラちゃんが嬉しいなら僕も嬉しい」
笑うアルマに書類を示す。外語で書かれているからわからないだろうが、これは先日の試験の合格通知である。アルマが王宮で働いている最中に届いた『暇つぶし』と呼ばれたアレだ。
「国家試験の合格通知なの。アルマが殿下に呼ばれて一時期いなかった時あったでしょ。その間に試験を受けてきたのよ」
「何これ、うちの国のじゃなくない?」
「タリタンのよ。本当なら国籍を持っていても居住五年以上じゃないと試験資格がないのだけれど、ルーベン殿下がどう言う伝手か手配してくださったの。不思議よね」
「…………」
「私の予定だと五年以上後に受ける試験だったからとても焦ったわ。今までも試験に向けた勉強はしてきたけれど、大幅に前倒しになって」
「なるほど、そう言うこと」
アルマは格段驚きもせず頷いた。もっと「凄いです!」とわけもわからず拍手喝采スタンディングオべレーションをしてくれると思ったのだが、反応がかなり淡白だ。私とはもっと違う次元で何かを納得している。
アルマは金色を揺らしながら手をあげる。
「質問があります」
「何かしら?」
「何でタリタン? うちの国の公務員枠はダメだったの?」
「……ああ。そうよね、そう思うわよね」
「?」
ちょっと言い出しにくくて私は唇を噛んだ。アルマにずっと嘘をついてきた、一番大きな嘘に直面し目が泳ぐ。
私の様子を見て、彼女は一つの結論を出した。
「もしかして、王妃は公務員と兼務できないから? ルーベン殿下との婚約話って結構進んでて、言い出しにくい感じになってるの?」
「え? え、……あ、違うわ」
またルーベンの名前が出てきて反応に遅れる。先日に引き続き、また無関係な人物の名前が出てきた。
そんなに彼の事が気がかりなのだろうか。ちゃんとアルマが好きだと伝えたのに。
「進んでるどころか闇に葬られてるんじゃない? 私を選んだ時点で失態だもの。まあ、殿下は初めから知っていたけどね」
「?」
「解雇されるって、言ったじゃない。心配症ね」
うふふ、と笑うとアルマは顔を赤らめた。何かを堪えるように彼女の喉が音を立てる。
「解雇って、……何で?」
「怒らないで聞いてほしいのだけれど」
前置きをして、覚悟を決めた。真実を告げることは当に決めていたのだ。今更怖気付いても始まらない。何より私らしくない。
「私、本当はミラモンテスの令嬢じゃないのよね」
「…………、……へっ?」
「今まで主人面してごめんなさいね」
目を丸くするアルマへと私の真実をたたみ掛けた。もしここで聞き逃しても、きっと近くにいるアルマの「気配のないお友達」が聞いている。立会証人がいるって便利ね。
「元々教会で育った孤児なのよ。ミラモンテス家の旦那様に引き取られて、物心ついた時に出生のことを聞いたわ」
「…………」
「あ、ほら言ったじゃない。教会に行った時、『私の家族だ』って。シスターペルサは私のママで……」
「…………」
「旦那様も奥様も親切で、事情を話された時養女にして下さるとおっしゃったの。でもそうすると本当の両親と縁が切れる気がして……、宙ぶらりんのまま無国籍状態が続いたわ」
「…………」
「シルヴェニスタに国籍がないから試験資格はないし、婚約話も下賤の身の上だからすぐ消えるわ」
別に自分の生い立ちを悲観もしてないし卑下もしてない。実際幸せだったし恵まれて育った。その辺り、伝わっているかしら? 本当は、両親には感謝しかないのだ。
けれども。
貴族の娘のレールの先は良家との婚姻である。シルヴェニスタはまだ男性優位社会で、女に社会的立場は求められていない。
その中でコーネリアは特異な例だ。女騎士など殆どいないのに、自らの力で道を切り開いてみせた。コーネリアを見て、私の夢はより形のあるものになる。私も彼女のようになりたい。
ルーベンとの婚約はある意味利用であった。解雇されるのを分かってその席を貰った。
前婚約者のみならず、王子にも婚約破棄されれば、自ずと両親にとって私の価値はゼロになる。その機を逃さず、国を出るつもりだったのだ。幸い令嬢後任のアルマもいたし。
ルーベンも私を利用している風だったが、実際のところはよくわからない。女除けなどいくらでもいそうなものだが。
「まあ、そんなわけで。……がっかりしたかしら?」
「……いや」
ざっと話した私の事情を、アルマは驚きを交えつつ静かに聞いてくれた。けれども落胆の様子はなく、目まぐるしく頭の中をフル回転させているようだ。
何を考えているのか知りたくて聞いたが、アルマの目も動揺して泳いでいる。
「嘘、といえば、僕もついてるし」
「あら、そうなの?」
「このタイミングで打ち明けられたら楽なんだけど、多分『お互い様ね』で収まらない気がする。もうちょっとロラちゃんの信頼を勝ち得たら話すよ」
「今更アルマにがっかりなんてしないわ」
「僕って臆病なんだよね。ロラちゃんに嫌われたくなくて必死なわけ。……そうじゃなくて、僕が言いたいのはロラちゃんの事情は全然気にしないよってこと」
「ありがとう。アルマも気が向いたら話してね」
背負っていた重荷がなくなったように気持ちが軽い。今まで一人で隠し耐えてきた。別にそれが当たり前なのだと自ら言い聞かせていたが、演じる役割にプレッシャーがあったのも確かだ。
現状変化はないが、アルマが知っていてくれる、その事実が大きな心の拠り所となった。




