18. 全て手のひらの上
アルマ視点
「殿下、我らからの祝電です」
「ご結婚おめでとうございます。読み上げます」
「遂に日頃の努力が身を結ぶ時が来ましたね」
「五月蝿い。今ロラちゃんの思い出リピート中だから。汚い男の声を入れるな」
祝福の声をあげる従者たちの気持ちをズバッと切り捨てた。先日のプロポーズを脳内で繰り返すこと数千回。もしびでおてーぷ、なる物があれば確実に擦り切れている。幸いにも脳内なので何度繰り返そうが損傷はない。
「ってか殿下、一度目の返事流してたじゃないですか」
「我々のナイスアシストが無かったら言質取れませんでしたよ」
「…………」
それは確かに。
ロラちゃんにくっ付いてるだけで幸せ絶頂なので、女神の声を聞き漏らしてしまった。人生最大の遺憾の意を表する。
「じゃ、ロラちゃんに呼ばれてるから。お前らは消えろ」
「はいはい。かしこまりました」
「殿下って姫関係になると人変わりすぎません? だれおまー」
「本性バレないよう頑張ってください!」
「ロラちゃんといる時も本性だし。問題ないでしょ」
割と失礼なことを言われているが気にしない。
従者たちが言っているのはアルマンドである時との落差だ。
王子の仕事が面倒くさすぎて時に自分が良いように手順を省略している。先の仕事だってそうだ。
尋問相手が中々口を割らなかったので、手っ取り早くお腹の中身とこんにちわさせて貰った。別にエグいのは慣れてたし円滑に事が進むので率先してその手段を使っている。
死んでないしノーカンでしょ。
ドローレスと会ってからしばし眠っていたどす黒い感情が腹の底で燃え上がる。三バカも嬉々として加担していたくせによく言うものだ。第三王子の二つ名は王宮内でも有名で、ある意味恐れられている。
どうせ相手にするのは罪人だし、多少やりすぎちゃっても良いよね? 兄上だってやり過ぎるのをわかって僕に仕事を回すんだ。彼だって同罪である。
ドローレスの部屋に向かいながら、僕はここ最近あったことのあらましをおさらいしていた。おそらくドローレスも気づいていない秘密裏に動いていたあれこれを。
始まりはドローレスがコーネリアに勉強を教えてもらう、そんな些細なものだった。直に開催される王宮内での舞踏会にドローレスを参加させるためだ。恩を売ってしまえば浅学菲才な彼女はまずは断らない。
そして参加さえすれば、……あのルール逸脱の容姿だ。どんなに意識しようとも視線を向けずにはいられない。女神のように美しい容貌に、レディとして完璧な立ち居振る舞い。その上あらゆる外語も不自由なく操る造詣の深さ。彼女は気づいていただろうか? 多くの客人も、長兄も、公用語であるシルヴェニスタ語でコミュニケーションを取っていたことを。
そんな中顔色一つ変えず、相手の顔立ちから出身国を割り出し、外語を合わせ、嫌味なく国政を引き合いに出し会話を楽しむ。皆々彼女の姿を目に焼き付け、聡明で美しいドローレスを自国に持って帰りたいと願ったはずだ。
おかしな牽制の空気が立ち込める中、絶妙なタイミングで長兄が間に入ったので剣呑な空気は拡散したが。女一人が下手をすれば戦争の切っ掛けになるなんて。笑うに笑えない。
本来ならそれを見越して長兄は「赤いドレス」をドローレスに着てほしかったのだろう。皆が欲しがる彼女は一体誰の所有物であるのか、一目でわかるし手の出しようもない。
そんな一夜の出来事、……これはただの通過点である。皆が皆、ドローレスを認識する必要があった。
その後に起きた迷子ペット騒動。名前だけ聞けば王族が動くとは到底思えない間抜けな事件である。初めこそルーベンの単なる気まぐれで、単純にドローレスに会いたいがための理由づけかと思ったがそうではない。
子供の出身地、ペットの特徴を聞いてピンと来た。このところシルヴェニスタヤマネコの死体が国外で目撃された、と言う情報が相次いているのだ。
シルヴェニスタヤマネコは名の通り王国国有のヤマネコである。我が国は他国にない地下資源に恵まれており、国民のあらゆる生活が資源に頼って生きている。その特性は人間よりも動物の方が顕著だ。
資源が染み出た水を必要とし、表皮に摂取するために定期的に水浴びに出かけているのだ。固有種であるシルヴェニスタヤマネコは国外では生きていけない。国内でこそよく見るネコ科のため国民の方が無頓着で、なんの稀少性も感じていないが。
しかし一歩国の外に飛び出せばその価値は跳ね上がる。レッドリストに登録されているヤマネコは他国への譲渡を法律で厳しく禁じており、破れば当然処刑もあり得る。
子供のエミルは何も知らなかったが、当然親の方は知っていてヤマネコを購入した。見るも珍しく美しい烏羽色のヤマネコは持っていたら自慢になるだろう。
とはいえ正規店では自国民である証明と飼養者登録が必要になる。そのため裏ルートで仕入れたのだ。小賢しくも「子供が勝手にしたことだ」、と言い張りエミルの名前を旗に掲げて。
出身国と領地を示すあのチャームは動かぬ証拠となり重宝した。バカほど己の所有物を誇示したがる。
この辺りの事情を既に飲み込んだ上で長兄はドローレスへ仕事の依頼をする。ちょっとイレギュラーがあったが概ね彼の試算どおりに事が進んだ。
事件の解決を彼女の手柄にしたかったのだ。僕がいなければ、長兄が糸口を耳に囁いたのかもしれない。或いは聡明な彼女であればいずれ自分で解決したのかも。
現に国内外で国際的大規模密輸組織を逮捕出来たと一大ニュースになっている。それに一役買ったのはあの皆が注目した麗しい女性であると。当の女性……ドローレスは何故かその時国内にいなかった。無闇に注目を浴びるのを嫌ったのか、長兄が事前に手を回していたのだ。しかし、これにも何か裏があるような。
話題がやや落ち着いた頃、清々しい顔をしてドローレスが帰国する。
街や学校でそわそわした雰囲気を彼女は感じただろうが、彼女に話しかけるような強者はまずいない。僕がいなければ基本一人行動だ。とはいえ三バカと言う監視の目があるので危険はないし、彼女の様子は密猟者の拷問の合間に逐一報告を受けている。
また、不可解なことに帰国と共に、密輸組織に関するニュースが紙面から消えた。まるでドローレスに知られてはいけないかのように。
何故か。この一連の騒動に浮上するのは無表情で何を考えているかわからない長兄の顔である。
つまるところ、長兄はドローレスに何かを差し出したかったのだ。他国を巻き込み、ドローレスに対して何らかの署名を集めていたことを知っている。
エミルの両親の自国タリタンでの役職を利用し、罪に問わない代わりに推薦状を書かせていた。あれは一体何だったのか。
答えはもう目前。ドローレスの部屋を開ければきっと嬉しそうに微笑む彼女がこちらを振り返るだろう。全ての答えを喜びの笑顔に乗せて。
女一人に何とも回りくどい長兄の企み。
ここまでするくせに好きじゃないとか笑わせる。いや、長兄もドローレス同様色恋に鈍い節がある。単純に気づいていないだけか、あえて目を背けているだけか。
どうせなら一生その感情に蓋をしていてほしい。長兄がもし本気になろうものなら……想像するだけでゾッとするのだから。




