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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
二章 シルヴェニスタ編
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14. 彼女は照れ屋さん

「それで、居場所はどこなのかしら?」

「……ん、……」

「アルマ?」

「……もうちょっと待って」

「照れ屋さんね」

「うぅ」


 頬にキスを一つ贈っただけなのに彼女は盛大に恥ずかしがって枕に突っ伏している。僅かに見える耳たぶは燃えているように赤い。


「自分からは際どいくらい積極的なのに、私からするといつもこうね」

「だって、今の不意打ちだよ。……ずるい」

「アルマだって急にくるじゃない」

「あー、心拍数やば。このまま昇天しそうなんで遺言お願いしていい?」

「何かしら」

「『僕の全てをロラちゃんにあげる』」

「……それは。以前私がやったことの意趣返し?」

「…………」


 答えは返らず、けれど僅かに瞳を覗かせ私をじっと見つめる。その探るような金色の瞳が誰かによく似ている。

 少し考えてルーベンに似ているのだと気づいた。

 性格は真逆だが、ふとした時の仕草や人の感情を伺う瞳が同一のようにさえ感じる。


 アルマは頬の赤みを手で仰いで散らした。熱い、と言ってベッドから抜け、窓際の椅子へと移動する。大きく足を開いて座る動作がかなり粗雑だ。

 けれどどこか男らしくも見え、何とも言えない気持ちが湧いてくる。


「アルマ」

「ん」

「……その、ペットの話の続きは?」

「あ……、あー」


 ふと窓の外に目をやり、やや気だるげに窓枠に頭をぶつける。


「あにう…、じゃなかった。ルーベン殿下はどこまで気づいてるのかな?」

「ルーベン殿下? 急に何の話?」

「うーん、何だかちょっと面倒だなーって思っただけ」

「?」


 話の道筋に皆目見当がつかず首を傾げると、アルマがフッと微笑む。天然のくせにこういう時やけに慧敏そうだ。実際彼女の成績はトップクラスである。


「まあ、いいや。少し寝て明け方に出かけよ」

「今ではなくて? 居場所がわかるのなら早い方が」

「大丈夫だよ。ロラちゃんはもう寝る? それとも勉強?」

「そうね、ずっと歩き通しだったし。何もないなら寝るわ」

「僕は少し考え事してから寝るね。……先におやすみのキス、してもいいかな?」


 また頬を染め、可愛らしくおねだりをしてくる。


 くっそ。この子、自分がどう見えてるかわかってんだろうなー。あー、もー、可愛すぎる。


 とても直視できず、何だか恥ずかしくなって布団を被った。布団越しに残念そうなため息が聞こえた。




 まだ陽も昇らない時分、空が明るくなり始めて来たので隣に眠るアルマの肩に手を当てる。


「アルマ、朝よ」

「……ん、おはよ」

「おはよう」


 微睡みの中を揺蕩う彼女は、私を見た途端ニコリと微笑んだ。普段のように甘えの時間を強請らず、ベッドから起きて着替えを手早く身につける。

 私に背を向け準備を始めたので、私も早く着替えろ、ということなのだろう。侍女なのだから手伝えと言いたくなるが、思えばアルマは私の着替えや入浴の介助といった業務を意図して避けているような。

 裸を見るのを不敬に感じているようだが、別に気にしなくていいのに。現にコーネリアは全く気にしていなかった。


 着替えるとコートを渡された。


「朝は寒いから」

「ありがとう」


 誘われるまま手を繋ぎ、宿屋を出る。

 王都の街並みにはまだ宵闇が身を潜め、完全な朝になるまでは一時間ほど要すだろう。僅かに寒さを感じ身震いすると、アルマが片方のポケットに私の手を招き入れた。

 すべすべと滑らかな手ではあるが、私の手をすっぽりと覆う程度には大きい。


 アルマの手ってこんなに大きかったかしら。

 身長もいつの間にか目線を上げるほど伸びた。歩幅も彼女の方が大きく、ついていくのに息が切れる。


「大丈夫? 結構歩くよ」

「そんなに柔じゃないわ」

「疲れたら抱っこするから、言ってね」


 四半刻ほど街の中を横断し、まもなくして王都の西区にある湖に到着した。その湖の謂れを思い出し、アルマを見て私は大きくため息をついた。

 ここは恋人の聖地と言われている。早起きの水鳥が優雅に湖面に波紋を広げ泳いでおり、とてもこんなところにペットが紛れているとは思えない。


「こんなときにふざけるのは大概にしなさいよ。わざわざ早起きしてやることなの?」

「ん?」

「ペットを見つけた、なんて嘘なんでしょう。そう言えば私がついてくると思って、単純に人気の観光スポットに来たかっただけじゃない」

「何のことかな?」

「だって、ここは恋愛成就のジンクスが……」


 そう言いかけて、アルマがあまりにもきょとんとしているので瞬時に私の勘違いだと悟った。いつもならば「そうそう、ロラちゃんと結婚したくて~」と口をだらしなく緩めて迫ってくるのにそれがない。

 ペット探し以外の他意は全くないのだと知れるその態度に、いきなり顔に熱が上がった。


 恥ずかしい! 恋愛脳なのは私の方だった!


 動揺する私の頭をアルマが撫でる。全てを見通した金色が緩やかに細められ、ついつい見惚れてしまった。

 心臓が跳ね上がり、もうアルマを見ていられないと湖に再度目を戻す。ドキドキが止まらない。可愛い。


「ロラちゃん、ほら」


 彼女の指差した先で水音が上がる。

 水鳥と共に泳いでいるのは何のことはない、シルヴェニスタヤマネコである。都市部ではあまり見ないが、水源地帯やちょっとの田舎の町に行けば山ほどいる。

 ミラモンテス領でも割とポピュラーな品種で、祖父母も以前飼っていた。猫のわりに人懐っこくて可愛いのだ。

 烏羽色の毛並みがつやつやと輝き、それもまた人気の理由である。


「王都で見るのは珍しいわね。誰かのペットが逃げたのかしら」

「そうそう。だから、あれがエミルのペットの正体だよ」


「え?」


 普通に何の疑問もなくアルマが言ったので、返答に遅れた。

 エミルの言ったペットの特徴と全然合致しない。エミルは白地に金色の縞模様があると言っていた。

 ヤマネコは黒毛で僅かに紺色の毛が混じり、色違いは存在しない。朝日が顔を出し、湖面に一筋の光が差す。

 ヤマネコが眩しそうに目を細め、のっそりと湖から陸地に上がってきた。


「答えは光の錯覚だよ」


 と、アルマが柔らかく微笑んだ。

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