3. 二人だけのダンス
「お労しや、ドローレス様」
学園中に「ドローレス様が酷い」と吹聴して回り、満足したのかアルマが戻ってきた。面の皮の厚さに心底驚く。
新しいドレスに着替えた私は一曲ぐらい踊ってやろうとホールに足を向けている最中だ。
先ほど手酷く追い出されたのにしぶとくまた行こうとしている私も十分面の皮が厚いが。
いや、先のは私に落ち度はないし堂々としていればいいのだ。
学園の誰が味方してくれなくても天はきっと見てくれている。
きっと、多分、おそらく。
「お労しい」と泣くアルマを私は睨みつける。泣き顔がくっそ可愛くてむかつく。
「何がお労しいのかしら? 鬱陶しいから泣くのは止めて」
「そんな。あんなことがございましたのに泣かずにおられますか」
「はい?」
「こんな美しいドローレス様が『婚約破棄』だなんて」
「…………」
「あー」と半目になって今さっき言われたことを思い出す。どうでも良すぎて言われた言葉が意味をなしていなかった。
っていうか心底興味がない。婚約者なんて子供のころ親が勝手に決めたあれだし、名前も顔もリンクしていない。
しゃべったことあったか? と首を傾げるくらいに記憶が薄い。きっと結婚した後も、毎日日替わりで顔が変わっても気づけない。自信がある。
「どうでもいいわ。女の幸せは結婚だけじゃないもの」
「そうはおっしゃいますが婚約破棄だなんて。仮にもミラモンテス家のご令嬢。醜聞はたちますわ」
「そんなの言わせておけば良いわよ。痛くも痒くもないわ」
フンと鼻をならしてアルマの憂いを一蹴する。
そしてふと思い出す。アルマは心配してくれているが超が付く天然さんだ。すこぶるドジだ。
この婚約破棄の一端を彼女も担っていることを忘れてはいないか。アルマがドジを踏んだから私に責が飛んだのだ。
このドジは奇跡的な確率で毎日引き起こされるので、私の結婚うんぬんよりもそっちを矯正していかないといけない。私よりもアルマの結婚の方が心配である。
「勇ましいことですわ。けれど」
アルマが花開くような笑顔で私の手をとる。家事一切が苦手なアルマの手はちっとも荒れていなくてすべすべと滑らかだ。むしろ私の方ががさついている気がする。
「私はドローレス様に素敵な殿方とお幸せになって頂きたいのです。……例えば」
「あっそう。奇遇ねぇ。私もアルマには幸せな結婚をして欲しいわ。早く私の手から離れて頂戴ね」
「…………。かしこまりました」
何故か天使の笑顔を引っ込めてアルマは顔を曇らせる。その意味がわからないまま私は続けた。
「だからそれまではじっくりと花嫁修行して行きなさい。どんな殿方に嫁いでも恥ずかしくないよう、私が責任をもって鍛えてあげるわ。覚悟なさい」
「……ロラ、ちゃん」
アルマは愛らしい桜色の唇を歪めた。
何かつまらないことを悩んでるわね、と直感が告げる。いつも呑気に天使っぷりを発揮しているくせにふとした時に不安定になるから面倒だ。
一年間一緒にいたからアルマの機微に敏感になっている。可愛い天使の憂いを放っておけず、私は勇ましい我が帆先を園庭に変えた。
「気が変わったわ」
「ロラちゃん?」
「つまんない男と踊っても楽しくないもの。アルマが私の相手をなさい」
「……ッ」
こくこくと赤べこ人形のように首を降る天使の手をとって、そのまま窓から園庭に飛び降りる。
「ここ二階!」
「あら? 一階も二階も誤差よ」
「きゃあああッ」
悲鳴に反して二人の着地は羽のように軽やかだ。重力を感じさせない着地で、滑るように私たちは私たちのダンスホールに向かう。
夜風に靡く白薔薇が涼やかだ。甘い香りに誘われて噴水の周りをくるくる回って踊り、いつしかアルマの手が私の腰に回る。
「やっぱり上手ね。どんな殿方よりもアルマが一番だわ」
「身長同じくらいだもの。歩調が合うんだろうね」
「ふふっ。二人の時は口調が随分砕けるのね」
「これは、ロラちゃんが怒んないから、つい」
小さな唇をイジけたように突き出す。本当に可愛い、ムカつく。
いつか私がこの天使に勝つことが出来るのだろうか。何の分野でもいいから何か一つでもいいからアルマより突出した何かが欲しい。
「ロラちゃん、大好き」
「光栄ね」
月夜の晩に静かに落とされた告白を私は華麗に流す。
主人として部下に慕われるのは当たり前だ。でないと上につく資格はない。
その告白に込められた意味を気づくことなく、しばらくダンスを楽しんだ。
踊りながらアルマは「そういえば」と何かを呟く。
「今夜のおかずはロラちゃんで決まりだよ」
「どういう意味?」
「だってさっきの光景は男の夢をまるっきり具現化してたもん」
「?」
頭が良いアルマは時々私には難解なことを述べる。頬を赤らめて空中に視線を向けるアルマはそれ以上言うつもりがないようで、私も言及を止めた。




