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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
二章 シルヴェニスタ編
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【番外編】こどもの日 アルマver

 優しい声に誘われて起きたら、目の前にすっごい可愛い子がいて驚いた。


 普段ならば口うるさい乳母に起床を促され、三バカの従者が騒々しく朝の支度を持ってくる。それが一連の流れだ。

 寝ているベッドもふわふわで柔らかいし、微かに花のような甘い匂いがする。その香りは目の前の女の子からもして、一気に顔が熱くなる。


 なんだここ、天国かな?! 僕、いつの間にか死んだのかな?!


 女の子が何事か言って、朝食を用意してくれた。嫌いな野菜が入っていたけれど意外なことにとても美味しかった。

 庶民風に「毎朝味噌汁を作ってくれ」のアレンジバージョンで告白したが、女の子はそっけない態度で返事をする。


 ……フラれた。その事実に僕の心は捻れた。




「おい女! 勝手にどこに行く!」


 駐在所を出て、早足に歩いて行くドローレスの後を追いかけると、彼女は振り返りもせず「教会に行くの」と言った。

 僕に対する敬愛の念がまるで無い。

 僕を囲む人間はみんなもっと頭が低いし、もっと媚び諂ってくる。甘やかな顔をして機嫌を損ねないように必死なのだが、目の前の女の子はその片鱗も見せない。

 もっとかまって欲しくて僕の方が必死だ。いい加減こっちを見ろ。


 乱暴にドローレスの手を掴むと、彼女はやっとこちらを振り返る。

 痛いとか嫌だとか、それすらの感情もなく、興味皆無な瞳が僕に刺さる。思えば朝からずっとこんな調子だ。全然僕のことを見てくれない。


「あまりフラフラしているとまた迷子になるわよ」

「うっさい! 僕は迷子じゃない!」

「なら、お家はわかる? 送っていきましょうか?」

「お前が僕に平伏するまで帰らない! 僕は王子なんだぞ!」

「……ごっこ遊びがしたいのね」


 王族がこんなところにいるわけがない、と全く信じてくれない。それは確かに。

 何で僕はここにいるのだろう。ドローレスの感じから言って誘拐とかでもないみたいだし。


「……え?」

「おや」


 男女の声がして、急にドローレスの体が宙に浮いた。ドローレスも目を瞬かせて「あら?」と後ろを振り返る。

 軽々と男の胸の中に抱き込まれ、ドローレスは突然の事態ながらも冷静に状況把握に努めている。

 彼女も知らない男のようだ。僕もこんな大男、知らない。公務服を着ているので王族のはずだが。


 大男は無表情にドローレスの頭を撫で、僕の心にピシリとヒビが入った。男は静かな声色で隣の女に話しかける。


「何だ、これは。ロラか?」

「ちっちゃいドローレス様ですね。すごく可愛いです」

「何故縮んだ。何か悪いものを食べたか」

「……あ、魔法の香りがしますね。『こどもの日』にかかる特別な、」

「…………。あの無作為で無自覚で厄介なアレか」

「キスをすれば戻りますよ」

「うむ」


 男の端正な顔がドローレスに近づく。会話から何をされるのかわかり、僕の頭が爆発した。


 僕のロラちゃんに何をする!


 怒りのままに男の足を蹴り上げ、暴言を吐く。けれど所詮子供の力。大の男にはとても敵わず、ただ視線を僕に向けただけだった。

 そして、呆れたように僕を見て無言になる。


「……こっちもか」

「そのようで。というか、何でアルマンド殿下がここに?」

「知らん」


 男は僕のことも持ち上げ、ドローレスと同じ腕の位置で支える。

 急に抱っこされて何が何だかわからず、僕もドローレスも互いに見つめ合う。彼女は黙って「何かしら?」と首を傾げた。

 ミラモンテス領の街のど真ん中で人攫いなど起きるわけがない。悠然と構えているが、知らない男に抱っこされるのは嫌そうだ。僕も嫌だし。


「おい、無礼者! さっさと僕たちを下ろせ! 僕が誰だかわかっているのか!」

「…………」

「父上に言いつけてお前なんか処刑してやるからな! 僕は偉い第三王子だぞ!」

「……そういえばこういう奴だったな」

「絵に描いたようなクソガキですね」


 男の厚い胸板を殴ると、「やれやれ」と男が僕たちを下ろす。その隙を見逃さず、向う脛を蹴り上げドローレスの腕を掴む。


「ロラちゃん、逃げよ!」

「……え?」


 呼ぶと驚いたように彼女は顔を上げた。その瞳に光が灯り、僕の中で愛おしさが弾ける。何だこれ。


 僕たちを呼ぶ大人の声を無視して、ドローレスと共に人の波の中に飛び込んだ。町民の足と足の間を搔い潜り、大人が通れないような壁の割れ目を抜けた。必死に走って走って丘の上まで来ると、「もう限界」と芝生の上に倒れた。

 ドローレスは苦しそうに肩で息を吐いている。彼女の額に汗が滲んでいたのでハンカチでそっと拭った。


「ごめんね。いっぱい走って」

「……はぁ、はぁ。……大丈夫よ、アルマ」

「……少し休も」


 と隣を促して、ハッと我に返る。


「おい女! アルマとはなんだ! アルマンド様だぞ!」

「……あら? ……何故かしら。勝手に出たわ」

「無礼者め! 王都に戻ったら即処刑してくれる! それが嫌なら僕に真摯に許しを希え!」

「ごめんなさい。……あなたが『ロラちゃん』って呼んだから。不思議ね」

「…………ッ!」


 うふふ、と笑う彼女は暖かさで満ち溢れている。

 花開くような甘やかさと香しさを兼ね備え、子供のくせに美しく優雅だ。強かで、何物にも動じない凛とした立ち居振る舞い。

 ずっとずっと大好きで、僕だけのものにしたかった。彼女の婚約者も、兄上も、ドローレスの目に映る全ての男に嫉妬全開だ。


 ドローレスは浅く呼吸を繰り返し、草の上に身を横たえた。瞳を閉じて風の心地よさを感じている。


 可愛い。大好き。


 心の奥底から暖かい気持ちが膨れ上がり、触れたい衝動に駆られる。彼女の顔にふわりと影が落ちた。




「……あれ?」


 気付いたら丘の上で転がっていたので驚いた。

 隣にはドローレスが横になっていて、僕から遅れてゆったりと目を開ける。そして僕を見て、辺りを見て「あら?」と首を傾げた。


「何故ここにいるのかしら? 昨晩ベッドで寝たはず。……でも今は昼ね」

「だよねー。僕もわかんない」


 不思議なこともあるものだ。前後の記憶がすっぽり抜け落ちている。仮に誰かに運ばれたのだとしても気配で気づきそうなものだし。

 まさか二人揃って夢遊病か?怖い。


 立ち上がると、微妙にバランスを崩した。視界が思いの外高い。怖い。

 さっきまでもっと低かったような。

 ふらつく僕をそっとドローレスが支えるが、彼女もくらりとたたらを踏んだ。


「あら?」


 二人揃って倒れ込み、口に温かく柔らかい感触が当たる。何が触れたのか理解して、僕の頭は羞恥のあまり火を噴いた。

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