【番外編】こどもの日 ドローレスver
脈絡なくこどもの日。時系列は無視です。
朝起きたら隣に子供が寝ていた。
私に背を向けて寝る、こんもりした山からキラキラと輝く金髪がのぞいている。
子供を起こさないように静かにベッドを抜け出ると、思わぬ段差にすっ転んだ。
あら、おかしいわ。ベッド、こんなに大きかったかしら?
腰の高さまであるベッドの下で尻餅をついて、傷むお尻を撫でる。時計を見て、暦を見て、今日が何日かを確かめた。
何だか頭がぼんやりする。昨日までのことが霞がかかったようにはっきりしない。
けれどカレンダーを見たおかげで、徐々に思考が働き始める。
今日は赤日ね。幼児舎はお休みだから、教会に行って勉強でもしようかしら。
部屋を出ると、屋敷の中はシンと静まり返っていた。平日であれば使用人たちが忙しく働く時間であるが、休日はみなみな暇に出している。
使用人に世話をされなくても一通りのことは出来るし、むしろ自分で片付けたいからだ。あるいは昼過ぎまで寝ていても叱られたくないからか。
休日を各々の裁量で過ごすのが我が家の家訓である。
玄関を出て、家畜小屋へと回る。朝生まれたての卵を回収し、畑からは適当に野菜を引っこ抜いた。
朝食はエッグベネディクトとニンジンスープにしよう。
馬屋の前を通って、ふと両親の馬がいないことに気付く。既に外出したのか、それとも夜少し屋敷に帰ってすぐに職場にとんぼ返りしたのか。
あの金髪の子供も両親の仕業に違いない。大方その辺で迷子の子供を拾ってきて、面倒になって私の寝台に投げたのだろう。
二人ともドが付く自由人で、私は度々その後始末に追われる。
朝食を作り部屋に戻ると、子供はまだ寝ていた。
柔らかな髪に指を通して、驚かない程度の音量で声をかける。
「おはよう」
「ん」
子供は少しばかり身動ぐが、枕から顔を上げることはない。
「ご飯が出来たわ。温かいうちに食べましょ」
「うっせえ、クソババア」
「…………」
乱暴に手を振り払われて、小さな手と手がぶつかる。ペチンと音がして、金色の子供は「え?」と布団から顔を出した。
私の顔を見てわかりやすく固まる。数秒見つめ合い、子供は不機嫌を露わにドアの外に向かって叫んだ。
「おい、ババア! 変な女がいるぞ! 捕まえて処刑しろ!」
「………」
「いないのか?アン、ドゥ、トワー! こっちもいない? つかえねー」
「いないと思うわ。ここは私のうちだから」
「つまり誘拐されたのか。……ってか見張りが子供一人とか、舐めてんの?」
「はいはい。何ごっこか知らないけれど、ご飯食べてくれない? 片付かないから」
「は?」
テーブルにはまだ湯気の立つ朝食が並べられている。温かさがご馳走なのだから、美味しいうちに食べて欲しい。
しかし子供はテーブルを見て大きくため息をつく。
「そんな犬の餌みたいなのを食べろって? 人参とか臭いもん出してくんな」
「あら、そう。ならお先に頂くわね」
悪態をつく子供に構わず、私は一人テーブルに着いた。さっさと食べ始める私に彼は目を丸くし、けれど舌打ちをしながら正面の椅子に座る。
全力でまずそうな顔をしてスープをすすり、「あれ?」と唇を舐めた。それから音もなくスプーンを口に運び、あっという間に皿は空になる。
吐き出される口汚さとは対照に、食べ方は非常に上品だ。
「おいし。何これ、お前が作ったの? 砂糖いっぱい入れた?」
「塩だけよ。うちの野菜は甘みが多いから生のままでも美味しいのよ」
「あっそ。おかわり」
「あ」
言うよりも早く、子供は私の皿を取り上げてしまう。二杯目も平らげ、卵料理も残さず食べ終えた。満足したのかそのままベッドへと倒れこむ。
呆れて後片付けを始める私に、子供が「おい女」と声をかけた。
「何かしら」
「なかなか料理が得意なようだから、特別に家来にしてやる。これから毎日僕にご飯を作れ」
「あら、光栄ね。でも結構よ」
「は?」
どういう意味だ?、と子供は横柄な態度で首を傾げた。断られる可能性を考えていなかったのか飲み込めないでいる。
「お断り、と言ったのよ。おわかり?」
「……なっ! 僕のいう事を聞けないのなら処刑するぞ!」
「まあ怖い」
「嘘だと思ってるな! 僕を誰だかわかっているのか! 高貴にして強大なシルヴェニスタ王家の第三王子、アルマンド様だぞ!」
「アルマンドというのね。私はドローレス。よろしくね」
「アルマンド様と呼べ! 女っ!!」
一人ぷんすか怒っているのを見ながら、今度こそ後片付けを再開する。
幼児舎の男の子同様、目の前の子供も正直苦手だ。妙に偉そうなところとか乱暴なところとか、女の子に比べて男の子はみんな意地悪だ。
いつもスカートに手をかけてくるし、子供じみた悪口を言って追いかけてくるし、まともに相手をしても良いことがない。
朝の支度をしたらさっさとリリースしよう。
アルマンドの着替えを手伝って、「出かけましょう」と手を握る。やはり彼は怒りに任せて「気安く触るな!」と怒鳴ってきたが知ったことではない。
領主の娘たるもの、迷子の世話くらいわけはないのだ。
少し歩いて駐在所に着くが、不運なことに駐在のおじさんは不在であった。
威嚇するアルマンドに、室内の椅子に座るように促す。着席を確認して私は小さく一礼した。
「それじゃ、私はここで失礼するわね」
「はぁ? どゆこと?」
「もうすぐおじさんが見回りから帰ってくると思うから。迷子だって言えば保護してくれるわ」
「……な! ……ぼ、僕が迷子だってッ?!」
「強がらなくてもいいわ。道に迷うのは誰だって経験することだし」
「いちいち無礼だな! お前!!」
「痛ッ」
髪を引っ張られ反射的に声をあげると、引っ張ったアルマンドの方が驚いて手を離す。動揺するように瞳が不安定に揺れ、けれど直ぐに怒りへと感情を傾かせた。
「僕が迷子なわけがないだろう! 謝罪しろ!」
「申し訳ありません」
「…………ッ!」
望み通り丁重に謝罪するとアルマンドは息を飲んだ。
持ち上げたスカートが風に揺れ、密かに子供の様子を伺うと何故か真っ赤に顔を染めている。
口がモゴモゴと動き、次なる暴言が飛び出す前に私は踵を返した。
「……え? ……あ、」
「それでは、お元気で」
「ちょ、待て!」
そんなに気に入らなかったのか。
迷子のアルマンドは尚も暴言を吐きながら、私の後を追って来た。振り上げている拳に嫌悪が走る。
本当に、男の子って乱暴で大嫌い。




