5. 再利用令嬢
「ただいま、アルマ」
「おかえりなさいませ、ドローレス様」
馬車から降りると、御者ではなくアルマが手を差し出し私を受け止める。
桜色の頬が非常に可愛い。久しぶり見る天使の威力に圧倒されながら、わたしは「おや?」と思う。
一方的に別れを告げて別々に一月過ごしたというのに、彼女の顔に悲壮の色はない。あるいはもっと不貞腐れた態度を懸念したいたのだが、目の前の天使は春の麗らかな日差しのような微笑みを浮かべているだけだ。
これは、もしかして意中のお相手が出来たのだろうか?
縁談の相手は単純計算五人×二十日の百人。鬼のようなノルマを我ながら課したが、しかしこうして実を結んだのなら非常に喜ばしい。
アルマの心を射止めたのは誰なのか気になる、と思っていたら彼女の手が私の腰に回った。そのままくるりと体が回され、ぎゅっと抱きしめられる。
「…………」
「生身のドローレス様、可愛らしいです。早く二人っきりになりたいです」
違ったか。
ちょっと呆れてその手を払うと、後ろの馬車からもう一人の少女が下りてくる。出発するときは馬車の中にいたのでアルマとは初対面になる。
コーネリアは尚も抱こうとするアルマを一瞥すると、私を背に庇うように距離をとった。
「嫌がっているでしょう。主人にするとは思えないその行い、恥ずかしいと思いなさい」
「……はい?」
突然邪魔をされたのでアルマはわかりやすく不快を露わにする。普段の天使の顔はどこ行った。
ムッと口をへの字に曲げてスカートの裾を握る。純潔を絵に書いたような瞳に嫉妬の影が降りた。しかしすぐにそれはいつもの笑みに変わる。
「ドローレス様、そちらの方は?」
「コーネリアと言うの。夏休みずっと勉強を教えてもらったり護衛してもらったり世話になったのよ。コーネリア、この子は私の侍女のアルマよ。ちょっと癖はあるけれどいい子だから仲良くしてね」
「アルマさんと言うのですね、コーネリアです。第一王子付きの騎士団に所属しております。以後お見知り置きを」
「はわわ〜! 騎士さんなのですね。……だ、第一王子、の……?」
コーネリアが差し出す手を握ろうとして、アルマは動きを止めた。そして、ススス……とコーネリアと私から半径二メートルの半円を描いて私の背後にポジションを変える。
顔を見せまいと隠れるように姿を引っ込めたので、意図がわからない。私たちは互いに顔を見合わせ首を傾げた。
「アルマ? どうしたの? きちんと挨拶なさい」
「シャイな方なのでしょうか?」
「そんなことは。あ、わかったわ」
アルマの考えていることがわかり、褒めるように後ろ手で彼女の頭を撫でた。アルマはますます顔を下げて私の肩口に鼻を沈めた。
こんな位置に彼女の顔ってあったかしら? ちょっと身長伸びた?
なんて思いながら、説明を求めるコーネリアへと目を戻す。
「やっと侍女としての自覚が出て来たのね」
「どう言う意味ですか?」
「いつも私と横並びだったから、一歩後ろに控えることを覚えたのね。偉いわ」
「そうなのですか? ただいちゃついてるだけに見えますが」
「うふふ」
アルマの成長が誇らしく思う。
いつまでも未成熟のわけがないのだ。彼女は一歩一歩進んでいる。私から巣立つ日の彼女はきっと美しい。
コーネリアは小さく咳払いをする。
「それでは、ドローレス様。今回の謝礼の件ですが」
「そうね。今持ってくるわ」
「いえ、金銭は不要です。ドローレス様には舞踏会の招待を受けて頂きたく」
「んん?」
背後のアルマが僅かに身動ぐ。
「ルーベン殿下よりこちらの招待状をお渡しするよう仰せつかりました。殿下と共にご参加願います」
「嫌よ。なんだか面倒そうだもの」
「ですから『謝礼』と申し上げました。拒否権はありません」
「……なるほど」
成果には対価を。妙に段取りよくコーネリアを遣わせてくれたと思っていたが、きちんと裏があったのか。ここまで良い待遇を受けておいて「嫌だ」とは言えない。とは言え、
んー、でもちょっと婚約者設定しつこくない?
「殿下のお相手、私じゃなくても良いと思うのだけれど」
「むしろ、どうしてそんなに嫌がるのですか。ドローレス様は婚約者でいらっしゃるでしょう。喜びこそすれ、嫌がる案件ではないはずです」
「その時間を勉強に充てたいわ」
「…………。ああ、納得しました」
この一月でコーネリアは私の扱いに慣れて来ている。
加えてルーベンに特別な感情を抱いていないことも何となく気づいている。だからちょいちょいと小賢しい「キス」などと言って接点を作ろうとしてくるのだ。
あまりにもうるさいので彼女の頬にキスを送ってやった。これ以上勉強の邪魔をするのならこの口で彼女の口を塞いでやる、なんて脅したら流石に黙ったが。
「ドローレス様のお気持ちはわかります。しかしルーベン殿下もお困りなのです」
「あら、お困りなの? 大変ね」
「人ごとですね。国王様がルーベン殿下の帰国を祝い、パーティーを催す予定なのです。そこにドローレス様がいないのは何かと不自然かと」
「誰も気にしないわよ」
「本気でそう思ってます?」
ジロリと睨まれ、私はやや眉を寄せた。
私がルーベンを好きでないのと同様に、ルーベンも私を好きではない。それどころか「バカは嫌いだ」とすら言われている。
しかし、どうもコーネリアはルーベンの計らい通りに誤解をしているようだ。体の良い女避けに使われている事実に気づいていない。
主君を本気で思う騎士の忠誠心に私は白旗を上げる。
「全く。わかりました。殿下のおっしゃる通りにします」
両手を上げて降参を示すと、コーネリアの瞳が喜びに色を染める。
あ、可愛い。
正直この顔に弱い。ツンツンしゃあしゃあと威嚇を表す顔も可愛いが、ふわりと微笑むこういう表情もグッとくる。
ルーベンどうこうよりも彼女を喜ばせたい。笑った顔がもっと見たい。
っていうか、謝礼って言われたら仕方ないしね。金で解決できないのなら体で払うしかないしね。
喜ぶコーネリアに意識を注いでいたら、後ろから腰に手が回った。
振り返ると何とも言えないような金色の瞳と目が合った。
その後コーネリアと別れて自室に戻り、めちゃくちゃ度胆を抜く。
壁一面、いや、床も天井もベッド周りも全て恐ろしい模様替えが為されていた。先ほど出迎えてくれた時「生身」という言葉が引っかかったが、こういう意味だったのか。
絶句する私に、主犯であろうアルマがニッコリを笑みを作る。
「どう思った? ロラちゃん」
「すっごく効果的な仕返しだと思ったわ。思わず呆然としちゃったもの。でもすぐに元に戻しなさい」
「その前にすることない?」
「なに?」
「お仕置きをするか、あるいはされるか。ロラちゃんはどっちがいい?」
「……発想が怖すぎる」
期待に溢れた瞳で全身を眺められ、何とも言い得ぬ悪寒が走った。




