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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
二章 シルヴェニスタ編
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4. アルマの夏休み

アルマ視点

 死にたくなるくらい長い夏休み、僕は床に臥せっていた。

 別に体のどこが悪いわけでもない。ただ心が猛烈に痛い。こんなに愛を告げていても全然ドローレスに届いていない。


 ドローレスの寝台から顔を上げると、扉の外に二人の従者が立っていた。名はアンドレとデューラという。

 可哀想なものを見る目で僕を見て、そっと何かを差し出す。


「元気出してください」

「……これはッ」

「ドローレス嬢のプロマイドです」

「可愛い! ホログラム加工されてる!」


「俺からはこれっす」

「……ロラちゃんの五十分の一フィギュアッ?!」

「どんな角度からも楽しめますよー」

「次は七分の一スケールで頼んだ!」


 ヒイッ、と悶絶する僕の周りには既に所狭しとドローレスグッズが並べられている。

 壁にはドローレスのポスターやタペストリーが隙間なく飾られ、はたから見るとかなりやばい空間だ。なぜならここはドローレスの自室である。有り得ない模様替えを勝手にされ、部屋の主は一体どんな顔をするのだろうか。


「厳しく叱責するロラちゃんも可愛いからね。仕方ないね」


 ぽつりと漏らした一言にアンドレが涙をこぼす。


「そんな形でも構ってほしいとか。殿下が健気で不憫すぎる!」

「いや、普通にやべーだろ。俺はドローレス嬢が逃げたくなるのわかったわー。ね、殿下。もう彼女は諦めて王宮に戻った方がお互いの為っすよ」

「お前は火あぶりの刑な。死ね」


 非情な処刑宣告をするもデューラは軽く流す。その後ろに三人目の従者、トワロの頭がひょっこり現れた。


「殿下」

「戻ったか、ロラちゃんはどこに?」


 ドローレスが乗っていった馬車は長兄所有のものである。その為、ルーベンの庇護下にいるのだろうと思ったがルーベンは居場所を教えてくれなかった。

 そのためトワロを密偵として探らせていたのだ。

 はやる気持ちをそのままに、僕は扉へと足を進める。たとえ僕の従者であろうと、彼女の部屋に男を入れたくない。

 トワロが斜め上に視線を走らせながら調査結果を報告した。


「ドローレス様は王都内の安宿にお泊りでした」

「そうか、では行こう」

「お待ちを。今お迎えに上がっても良い顔をされないかと」

「何故だ。男でもいたか。それともやはり兄上か」


 想像すると胃がきりきりする。小うるさい僕から離れて他の男と密会でもしていようものなら確実に気が狂う。

 しかし直後脳内のドローレスが『馬鹿な想像をするのね』、と笑った。彼女の潔癖症は彼女以上に僕が知っている。


「男のおの字もないのでご安心を。そうではなく、お嬢様は日夜問わずに猛勉強中です」

「勉強? なぜ? 休み明けの試験対策か? っていうか、勉強いつもしてるじゃん」

「内容まではわかりませんが」

「わからないところがあるのなら僕に聞けばいいのに。ロラちゃんと勉強会とか。……なんか響きがすっごくえっち」


「……全然意味がわからないのですが?」

「殿下の思考回路がショートしてますゆえ」

「だからやべーって。とりま城に帰りましょーよ」


 従者三人にドン引きされつつ、僕は一時妄想の中に足を一歩踏み入れた。どうせ現実にはできないのだから、妄想ぐらい自由にさせろ。

 一通り想像して「やっぱり現実でしたいな」と神妙に頷く。三人の冷たい目が僕に刺さる。


「で、どうします? それでも行きます? 案内します?」

「や、城に帰りましょうよ」

「ちょっと顔見て帰るだけでも気分転換なりますかね?」

「んー……」


 従者それぞれが僕に気を使ってくれてるのがわかる。その気持ちを緩く流しながら、部屋の隅に積まれたお見合いの肖像と釣書の山を見た。

 彼女が一日五人という過酷なノルマを課したアレである。初めこそ勝手な行いに荒れに荒れたが、実際会ってみるとどの人物も好青年であり、美少女であった。外見だけでなく、会話を交わせば地に足の着いた堅実な人物ばかりで、ドローレスがかなり本気で僕の幸せを願っていることが明白になった。

 自分が僕に幸せを齎せないと悟り、こういう手法に出たのだとわかる。嫉妬するどころか別の意味で心が苦しい。


 数分悩んで、僕は顔をあげる。


「今回はロラちゃんの意思を尊重する」

「なんと珍しい。いつもの殿下ならばご自分の気持ち最優先で動かれますのに」

「うるさいな。それに嫁ばっか頑張ってるとか男が廃るだろ。……僕も少し自分の仕事するか」

「それも珍しいことです」


 府抜けた姿勢を正し、従者より公務服を受け取る。彼らに手伝ってもらい、身なりを整えると従者が小さくため息をつく。


「こんなにかっこいいのに、ドローレス嬢はちっとも靡きませんね」

「言うな。行くぞ、アン・デュ・トワ」

「かしこまりました」

「かしこまりました」

「……いーんすけど、そのふざけた呼び方何とかなりません?」


 公務と言っても、第三王子に与えられる仕事はそう大きくない。

 各地の視察、地方領主との会合、簡単な裁判の判決、あとは書類整理。おおむね貴族たちと仕事内容は一緒である。

 ミラモンテス領から少しばかり馬車を飛ばし、各地を回りインフラ整備や市民の暮らしぶりを視察した。

 領主と財政、税収の相談を交えて雑談を交わし、広げられる書類の束に僕は首を傾げた。


 こういう書類、つい最近酷く場違いな場所で見たことがある気がする。あれは一体どこだったっけ?


 そうこうしていたらあっという間に夏休みが終わりを迎える。

 馬車を早馬の如く飛ばし、僕はドローレスの自室に飛び込んだ。

 明日、ドローレスが帰ってくる。いっぱいいっぱい仕事したし、頑張ったし、帰ってきたら思いっきりぎゅーってしてもらおう。


 幸せな時を心待ちにしながら、頬を桜色に染めてかの人の帰りを願う。

 ロラちゃんさえいてくれればそれだけで十分幸せなのだから。

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