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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
二章 シルヴェニスタ編
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3. ルーベンとコーネリアの雑談

三人称視点

 第一王子の執務室にて、物憂げな少女のため息が響く。


 書類整理をする少女の手はいつしか止まり、窓の外を見てはそわそわと足を揺らした。政務官や少女の同僚、侍従たちはそんな様子に困惑するが声をかけることができない。

 なぜならこの少女は意思が強く、勤勉で、自己に甘えを許さない、騎士の鑑たる性格であるからだ。具合でも悪いのか、悩みでもあるのか、皆々心配そうに目を向けた。

 そんな中、一人の男が声をかける。


「コーネリア、今日はどうしたんだ」

「……ルーベン殿下」


 主人の名前を呟き、ハッと少女は我に返る。業務中であるのにこんな腑抜けた態度は許されない、と唇を噛んだ。


「大変失礼しました、殿下」

「最近元気がないようだが。何かあったのか」

「……いえ、何も」

「ロラが原因か?」


 ズバリと言い当てられコーネリアは息を飲む。ドローレスの指南役を仰せつかって数日、コーネリアの気苦労は絶えない。

 無礼を承知で、少女はルーベンへと疑問を発した。ルーベンのデスクへお茶を運び、やや声を落として話しかける。


「あの女、……ではなく、ドローレス様は一体何者なのです?」

「ミラモンテス家の長女だが?」

「そう言う意味ではなく、色々規格外すぎて対応に苦慮していると言うか」

「ハハハ、今度は何をした?」


 無表情ながら、僅かに目尻を緩めたルーベンにコーネリアは「おや?」と思いながらもため息をついた。


「どうにもこうにも、一日中勉強しております」

「それは良いことなのでは?」

「飲まず食わずで、姿勢も変えず、ずっと机に向かっていたとしても? 夕日が落ちたのにも気づかず暗闇で勉強を続けていたとしても?」

「…………」

「言わないとご飯食べませんし、休んでくれませんし、今頃疲労で倒れていないか心配で、心配で」

「……なるほど」

「その上ドローレス様の学力が極端すぎて」

「そうか」

「定期的に試験を行なっているのですが、今のところ全問正解です。早く殿下にキスを届けたいのですが」


「キスとは何のことだ?」と思いつつルーベンはお茶を口に運んだ。一口喉を潤しカップをソーサーに置く。


「ああ見えて彼女は聡明だからな。四年前の時点で十二ヶ国語は話せたぞ」

「……へ?」

「外語が得意なのだろう。勉学自体好きなようだから心配せず好きにやらせるといい」

「そ、そうですか。いや、そうは言っても限度があります。私が誘わないとベッドに入ってくれなくて。お忙しいところ恐縮ですが殿下も一度来て頂けませんか? 殿下から言ってくだされば、きっと」

「いや、行かない」


 きっぱりと拒否を示したルーベンにコーネリアは面食らう。

 ルーベンは更に声を落とした。


「彼女は裸体なのだろう。そんな空間に男が簡単に入れるか」

「ご、ご存知で? しかし婚約者であるのですから特に問題はないのでは?」

「不可抗力で一度。……きっと彼女は覚えていないだろうが。それにロラも俺が顔を出したら迷惑に思おう。いよいよと言うまでそちらで対処するように」

「既にいよいよ、と思ってます」


 コーネリアは落ち着きなく時計を見てため息をついた。早く就業時間が終わるのを心待ちにしている。さっさとドローレスのもとに帰り、彼女の無事を確認したい。

 その様子を眺めながら、ルーベンはふと首を傾げた。


「そういえば、昨日アルマンドが城に帰ってきた。ロラの居場所を聞かれたが、俺も知らなかったため答えていない。そちらに行ったか?」

「アルマンド殿下がですか? いいえ、来てないと思います。ドローレス様は一歩も動いてなかったです。それに誰にも居場所を知らせないよう、彼女本人に言われてますし」

「ならいい。ロラの邪魔をするのは本意ではない」


 ルーベンは先日見た、下の弟の泣きそうな顔を思い出した。ドローレスを本気で好きなのだと伝わるそれは、鬼気迫るものであった。


 アルマンドの恋路の邪魔をするつもりはないので素直に「婚約者発表」の真相を伝えたが、その実、恋路が実るとは全く思っていない。

 一体どんなアプローチをかけているのか知らないが、アルマンドが男である以上全て空振りに終わっているだろう。アプローチの認識をもっているのは弟だけであると、ルーベンはあまりの不憫さに目を細める。


 そして自分は何となく、という理由だけで「婚約者設定」に無言を通している。ドローレスに「あの場限り」と伝えた手前、自らの命で再任を要請したことはない。しかし周りが勝手に動くのだ。


 それを黙認しているのは思った以上に防波堤になっているからだ。

「第二夫人」「第三夫人」の座を狙う声はあるものの、「彼女を大事にしたい」と告げると向こうも黙るので非常に手間が省ける。


 そんなことを考えていたら就業時間の鐘が鳴る。時計の分針がオンジアワーを刺した瞬間、コーネリアは瞬き一つの間にルーベンの執務机から扉まで移動した。


「それでは、帰ります! お疲れさまでした!」

「待て、帰るとはどういう意味だ。ロラの所に行くのではないのか?」

「ですから、ドローレス様の所に帰ります! 心配なので一緒に住んでます!」


 そわそわしていた少女が一転、意気揚々と扉から出ていく。早く主のもとに帰りたいという子猫のようだ。本当の主はここにいるというのに。

 ルーベンは一瞬呆気にとられたが、すぐに無表情に顔色を変える。

 ある意味想定した流れである。先生という役割だけでなく、責任感の塊であるコーネリアが、何かと危ういドローレスの警護に当たることは想像に容易い。

 しかしよもや一緒に住むまでとは、とそこまで考え、とある一言を思い出しルーベンの手を止まった。


『私がベッドに誘わないと』


 ……つまり一緒に寝ているのか。


 アルマンドが聞いたら歯ぎしりしそうな台詞である。

 女であれば与えられる待遇の格差に、ルーベンは知らずため息をついた。

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