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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
二章 シルヴェニスタ編
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2. まさかの百合ルート

「変態か」


 勉強部屋に入ってきた途端、コーネリアが毒を吐いた。


 彼女は私の先生であるが、始終一緒にいるわけではない。コーネリアにはきちんと国を守るという重大な職務があるからだ。

 日中は王宮内で王族の護衛、剣の鍛錬、書類整理にあたっている。私に充てられた時間はその業務終了後の一時間だ。

 一日働いてきた少女に対し、更に体を酷使するようで申し訳ない。謝礼はきちんとはずもう。


 その疲れきった少女は扉を開けて、更に疲れた顔をした。先の「変態」という文字に首を傾げ、その後自分を見て納得する。


 例の如く全裸だったわ。

 だって宿屋には私の部屋だと言って借りたし、入ってくるのは先生しかいない。ならば、どんな格好をしようと私の自由よね。

 とはいえ、赤の他人が目にするにいささか下品だったかと思い詫びを告げた。


「うっかりしてたわ。先に言えば良かったわね」

「は?」

「すぐに服を着るから。先生が来る時はあらかじめ身支度を整えておくわ」

「あ、なに? 全裸のこと? そんなの女同士だし気にしてません」

「そうなの?」


 コーネリアは自分の上着をソファーに投げて、自身も軽装になった。

「それより」、と私の顎を指で掬う。


「朝からずっと勉強してたんですか? 食事は取ったんですか?」

「あら、忘れてたわ」

「初日から飛ばしすぎです。飲まず食わずで体がもちますか。ひとまず休憩して夕食をとりましょう」

「それでは先生の帰宅が遅くなるわ」

「一緒に食事をとるのでお構いなく。ドローレス様はテーブルを片付けてください」

「なら先生は掛けてお待ちになって。サッと作るから」

「は?」


 文字通りサッと食事を作ってテーブルに並べるとコーネリアは目を丸くする。貯蔵庫にあるもので揃えただけなので豪華でもないし凝ってもいない。

 庶民が口にするような家庭料理である。彼らは家事と仕事で忙しく、料理一つにあまり時間をかけない。


 コーネリアは難しい顔をしながらテーブルに着き、おそるおそる食事を口にした。その顔は苦虫を噛み潰したように歪む。


「あら、お口に合わなかったかしら」

「いえ、普通に美味しい。久々に美味しいご飯を食べました」

「それなら良かった」

「おかわりはあります?」

「はい。どうぞ」


 追加でよそって、お皿を渡すといよいよコーネリアは考え込んだ。

 なにかしら?


「普通の令嬢は炊事なんて出来ないと思うのですが。位の低い身分の者に顎で使われるのも嫌いますし」

「その辺りは各家庭の教育方針によるのでは? 婚姻目的なら淑女教育に、出世目的なら専門教育に力を注ぐでしょうし。人それぞれ得手不得手があっても当然じゃない?」

「少なくともドローレス様は普通の令嬢とは違うと思います」

「……それは」


 普通の令嬢とは違う、ってどういう意味だ。

 またルーベンに続いて私だけが馬鹿だと罵っているのか。彼女の言っている意味をけんか腰に捉えていたら反応に遅れる。

 コーネリアは私を一瞥し、最後の一口を食べると手を合わせた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様」

「お茶をしてから授業にしましょう。朝にお渡しした参考書を出して置いてくださいね」

「ええ」


 食器の片付けをしようと立ち上がると、今度はコーネリアが私の肩に手を置き押し返す。「片付けくらいは私が」、と鋭い眼光で睨まれ、私の心臓の片隅が音をたてた。

 虎の子供を思わせる愛らしさが堪らない。威嚇しているつもりなのだろうが、体躯が小さいため見た目の可愛さの方が勝る。

 胸がキュンキュンしながら彼女の後ろ姿を見守り、ふとアルマのことを思い出す。


 彼女もこのくらいの家事が出来るようになったら言うことないのだけれど。

 一日離れてみたけれど、アルマは元気でやっているのかしら? 先日「私と数日離れたら死ぬ」と嘯いていたわね。

 本当は何でもないくせに、そうやって自分に意識を向けさせようとするところが天性の小悪魔と言ったところかしら。


「ドローレス様」


 皿洗いを終えたコーネリアが振り返る。


「授業に入る前に聞きたいことがあるのですが」

「何かしら」

「なぜ宿をとったのですか? 殿下からは王宮に連れて来るよう命じられていたのですが」

「さあ、集中したかったからかしら?」

「なぜ疑問形なのですか」

「うふふ」


 愛想笑いで答えをぼかす。実際「集中したかったから」の一言に尽きる。

 王宮に行って変な噂が助長しては困るし、城内をフラフラして彼に出くわすのもうざい。

「だって、ルーベン殿下にこれ以上恩を受けるつもりはないもの」と本音を語れば偽りの婚約者であることがバレる。国籍取得の恩義に婚約者のフリではやはり割りに合わないだろう。私ってばすこぶる義理堅い。

 しかしコーネリアが気にしているのはそこではなかった。


「この宿、浴場ないですよ。キッチンはあるくせに、入浴できないなんて。お気付きにならなかったでしょう」

「知ってたわ。って言うか、普通の宿に浴場はないわよ」

「は?」

「だから大衆浴場に行くわ。庶民はみんなそうしているし」

「……は?」


 大きな瞳をさらに大きくし、持っていた皿が手から滑り落ちる。カシャンと音がして陶器の深皿が半分に割れてしまった。

「あらあら、ドジねえ」とフォローに入ると、入る先で腕を取られる。


「そんな成りで行くとか、本気で言ってるんですか?」

「どう言う意味かしら」

「貴女みたいな人、一瞬で目を付けられ、乱暴されますよ」

「うふふ、そんなにお金持ちっぽい? 万が一の時は走って逃げるから大丈夫よ」

「…………」


 コーネリアは眉間のシワを更に深くして、数秒無言になった。


「ドローレス様は、結構恐ろしい方なんですね」

「知らなかったの? 学園では悪女と評判よ」

「そういう意味でなく。低脳、と言う意味で」

「……な」

「野放しにするの怖いので、私も一緒に行きます」


 言うが早いか、彼女は私の手を引く。

 床に散らかった皿の破片をそのままに、私はコーネリアと共に外に出た。

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