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悪役令嬢は侍女にぎゃふんと言わせたい  作者: こたちょ
二章 シルヴェニスタ編
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1. 新たな門出

「それじゃあ行って来るわ。良い子で待ってなさい」

「……は、……え?」


 呆然とするアルマの頭を撫でて、私は迎えの馬車に乗る。

 だまし討ちにも似た段取りで、使用人たちが部屋に隠していたトランクや荷物一式を馬車に積み込んでいく。

 窓枠から別れの言葉を告げると、彼女はハッと我に返った。


「ちょ、ちょっと待ってください。何が一体どういうことなのでしょう?」

「ふふ、慌てないで」

「慌てますよ! 全然意味がわかりませんッ! ドローレス様はどこに行かれるのですか?! そして何で僕は置いて行かれそうになっているのですか?!」


 わなわなと唇を震わせるアルマは捨てられた子犬のようだ。

 可哀想に思うがここは心を鬼にして計画を実行しなくてはならない。

 理由はというと単純明快。最近私の先行きについて旗色が変わってきたからだ。

 アルマ命の両親にはアルマさえいればいい。私はただアルマを置いて出奔すれば良かっただけだったのに。

 アルマが私に求婚するようになってから、両親の目がこちらに向いてしまった。


 このままここにいたらマジで女同士で結婚させられる。私の意思など関係なく。

 以前は実際誰が相手でもどうでも良かった。しかし婚約が破棄され、自由の身を知ってしまった以上、結婚はただの枷でしかない。


 私はあえて憂いを含めたため息をつく。


「ごめんなさいね。でも仕方がないの」

「何がですか?!」

「だって、貴女のことが大好きだから」

「……はっ?!」

「ずっと一緒にいると好きが募って苦しいのよ。だから少し距離を置くわ」

「……ハッ、ヒェ?!」

「愛しているわ、アルマ」


 窓枠から身を乗り出し、頬にキスを送ると彼女は「くぁwせdrftgyふじこlp!」と言って倒れてしまった。


 だんだんアルマの扱いがわかってきた。彼女はガンガン押して来るくせに、こちらから攻めると極端に弱い。

 地面に倒れたアルマに手を振り、私は馬車を出発させた。一連の流れに、対面に座る少女がため息をついた。



 ちょっと大げさだったが別に今生の別れというわけではない。

 夏休みを利用して其々有意義に時間を使おう、とそれだけのことだ。

 私はみっちりと勉強に時間を充てたかったし、アルマにはもっと外の世界に目を向けてもらいたい。狭い範囲で私だけを見ているから、気持ちの勘違いが拗れていくのだ。そう結論付けた。

 アルマには一週間のサマーキャンプの参加を勝手に申し込んであげたから彼女にも直に迎えの馬車が来る。

 サマーキャンプが終われば、家庭教師による淑女レッスン。それに加えて一日五名の殿方、令嬢との縁談を設定してあげた。

 このおせっかいおばさんさながらの手腕に、きっとアルマも泣いて喜ぶだろう。


「うふふ」と外に向かって微笑みを浮かべると、同乗の少女が「きもい」と吐き捨てる。

 対面へと視線を流すと、小動物にも似た愛らしい少女が意志の強さを示すかのように私を睨みつけた。桃色の唇が嫌悪に歪んでいる。


 彼女の名前はコーネリア。小さい体躯に似合わず立派な騎士である。第一王子直属の部下で、彼の計らいにより私の元に派遣された。


「っていうか、今の一体何なんです? 女同士でキスとか不潔なんですけど」

「あら、ごめんなさいね。あの手法が一番穏便に事が進むと思ったから」

「演技というのはわかってます。下手な芝居見せられるこちらの身にもなってください。ほら、見てこの鳥肌!」

「まあ、本当」

「どうせするならルーベン殿下になさって下さい! 顔合わせ以来一向に顔を出さないから殿下が落ち込んでいます。殿下がため息を零す度側近たちは胃が捻じれてるんですよ。もう少し婚約者という自覚を持ってください!」

「………」


 ルーベンが落ち込むとか、明日国が滅びるのかな?

 そのくらいでないと彼は絶対に顔に出さないだろう。であるから落ち込んでいる原因は私ではない。あるいは彼も芝居をしているかだ。


 というか婚約設定って生きていたのか。

 趣味の悪い冗談だと思っていのに、どこかでそのカードが使われたらしい。体よく女除け、親族除けになっているわけだ。

 私はコーネリアに意味深に笑みを送った。


「お気づきでなくて? 殿下が女如きに憂いを示すわけがないわ」

「は?」

「彼が考えてるのはもっと殊勝なことよ」

「ドローレス様はそれがわかると?」

「さあ? 私にわかるわけないじゃない」


 コーネリアがずべっと転ぶ。「なんなの、この女」と感情を乗せた瞳が可愛い。

 アルマ以外の女友達と滅多に話すことが無いため知らずにテンションが上がる。


「それはともかく、これから一か月、よろしくね。コーネリア先生」

「こんな初対面でよろしくできるか。ビシバシ行きますからね」

「うふふ。楽しみだわ」


 コーネリアはタリタンの出身である。

 折角殿下に国籍を頂いたからには使わない手はない。しかしタリタンの言語は独自に発展しており、文字、文法、発音を全て一から学ばなければならない。

 独学では難しい言語習得を、コーネリアが手を貸してくれることになったのだ。


 睨むコーネリアは、ふと、「あ、そうだ」と瞳を緩めた。


「定期的に試験をしましょう。ドローレス様の力量を図りたいので」

「いいわよ」

「誤答するたびにルーベン殿下にキスを一回。きっと殿下も喜ばれることでしょう」

「それ、本気で言ってるの?」


 先ほどコーネリアは私に「きもい」と吐いたが、その言葉そのまま返す。ルーベンにも絶対同じことを言われるだろう。


 過ぎたるおせっかいは迷惑でしかない。その辺り重々弁えろ。


 ……因みに私のおせっかいは例外なのでお忘れなく。

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